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第3話
朝の目覚めは爽快だった。
食事を済ませ、さっそく着替えてみる。
「このシャツ、少し大きめか?」
遥は首回りを気にしながら、鏡に映る湊に言う。
「他のワイシャツに替えられますか?」
「いや、せっかく買ったからこれでいいや」
次に手伝ってもらって、黒い防弾ベストを着込む。
「さすがに少し重いな。仕方ないけど」
「ヘルメットのかぶり方を練習しましょう」
湊がヘルメットを渡してくれた。そして、もうひとつヘルメットを持っている。
「湊、バイク乗るのか?」
「はい、車では渋滞に巻き込まれることもありますので、隆人様の御用の関係で乗るようになりました」
湊にお手本を見せてもらい、遥も被ってみる。小蓮の前でもたつくところは見せたくない。
湊がヘルメットに緩さがないか確認してくれる。
「サイズはぴったりのようですね。安心いたしました」
数回被り直して、コツがつかめた。
「ヘルメットをお預かりいたします」
渡したヘルメットを湊はそっとベッドに置き、代わりに手にしたライダースジャケットを遥の背に向かって広げてくれた。
これに袖を通すとそれだけでわくわくする。
「後はブーツで万全かな」
湊が頭を下げた。
「では、私は下がらせていただきます」
入れ替わりに俊介が来た。遥のスマートフォンを差し出す。
「小蓮様の番号を登録いたしました。こちらにご到着の連絡が入るとのことです」
遥はヘルメットと引き換えに受け取って、操作する。連絡先アプリの加賀谷隆人の名の下に、「狼小蓮 」がある。加賀谷と無関係の名前にどきどきする。
「いいのか、隆人と世話係以外の番号を入れて」
「隆人様のご指示です」
遥はライダースジャケットのポケットファスナーを下げて、スマートフォンをそっとしまう。
今まで借り物と思っていたスマホが、突然大切な物に変わった。
「約束の時間は九時だったよな」
遥は腕時計を見る。
「道の混み具合にもよりますが、ご到着がそう前後されることはないかと存じます」
「バルコニーで見てたら駄目か?」
俊介が苦笑した。
「お電話をお待ちください」
「マンションのゲートには誰か行っているのか?」
「喜之が行っております。ご安心ください」
そう告げると、俊介が寝室から出て行った
このマンションは敷地の出入り口にゲートがあり、警備員がいる。住民以外の出入りを基本的に認めていないのだ。
もうすぐ九時になると思っていたところで、誰かのスマートフォンにワンコールがあった。ドキリとする。
ジャケットにしまったスマートフォンが鳴動した。
急いで取り出した画面に表示されているのは「狼小蓮 」の文字。
「小蓮?」
『遥、迎えに来たぞ』
「すぐ行く!」
遥は通話をきると、スマホをポケットに戻し、ファスナーを上げた。ヘルメットを持つと、寝室を出ながら声をかける。
「小蓮が着いた」
「かしこまりました」
玄関でいったんヘルメットを俊介に預けてブーツを履き、ファスナーを上げる。ヘルメットを受け取ってしっかり抱える。
当然、下まで俊介が護衛としてついてくる。
エレベーターで一階へ下り、広いロビーでコンシェルジュが頭を下げる。樺沢家の者だ。
「行ってらっしゃいませ」
遥はそれに軽く挨拶するが、その目は既に二枚の自動ドアの向こうの人影に向けられていた。
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