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第3話 エンカウント

 久々に会った友人の木邑惟人(きむらのぶと)が、自分の恋人が働いている店が近くにあるから行ってみないかと誘うので、神崎悠司は興味本位から承諾した。  お互いかなり酒が入っており、そろそろ帰還した方が良かったのだろうが、明日は仕事も午後からだし、一緒に飲むのも久しぶりだったから、まあいいかと判断したのだ。それに、前の店で散々ノロケを聞かされていたものだから、惟人の自慢の彼女にも会ってみたかった。 「そんなに好きな女がいるなら、とっとと結婚でもすれば良いのに」  大学の同期である二人は、どちらも今年で35になる。結婚していてもまったく問題のない年齢だ。しかし、何気なく口にした悠司に、惟人は意味不明の苦笑を浮かべたのだった。 「そういうのはいいの、俺たちは」 「何故?」 「神崎、おまえだって独身じゃないか」 「……まあ、それは」 「紙ぺら一枚の問題じゃん?」  どこか本音ではないように聞こえたが、深くは追求しなかった。 「あ、いらっしゃい」  アクロという小ぢんまりとした店に入ると、背の高いすっきりとした美人が甘えた声で迎えてくれた。その声は少しハスキーだが、魅力的だ。 「会いたかったよ繭ちゃあん」  むぎゅうとその美人を抱きしめる惟人に、ああ、これが噂の彼女か、と悠司は納得した。ヒールを履いているせいで惟人よりも背の高い繭は、成程、学生の頃から面食いだった惟人が選ぶには相応しい容姿の持ち主だ。 「うっわ酒臭ーい! 惟人飲み過ぎなんじゃないの?」 「大丈夫大丈夫!」  アルコールのせいでいつもよりテンションが高めの恋人に、繭は少し呆れた顔を向ける。が、惟人の隣に突っ立っている悠司に気づくと、「随分いい男連れてきたわねー」とにっこり会釈した。 「あっこいつ大学の友達の神崎。惚れるなよなー」 「すみません、こんなに飲ませちゃって」 「あら、いいえ。いいのよぉ。いつものことだから」  済まなそうに謝罪する悠司も、かなり酒臭い。繭は楽しそうに笑って惟人の頬をぺちぺち叩いた。  繭が案内してくれた席について、店内を見回す。  やたらと女性が多い。  カウンターに座る二人の女性とママ。悠司の傍の席にいるのも女性だ。女性が多いというより、悠司と惟人以外は全員女性だ。店舗の規模から考えても全員が店のスタッフというわけでもないだろうし、他に男がいないというのは何やらおかしい。  繭が悠司の不思議な視線に気づいたらしい。 「惟人、もしかして前置きなしに連れてきた?」 「言わなくていいよ別に」  おしぼりで顔を拭いている惟人が、にやにやと悠司の反応を楽しむ。 「お酒入ると悪ふざけが好きになるんだから……知らないわよ」  しばらく三人で話をしていたのだが、繭の作った酒に口を付けていた悠司の視線がふと、カウンターの辺りで止まって動かなくなった。  妙に気になる。  人形のような恰好をしている可愛らしい少女は、成人しているようには見えない。最初は、未成年がこんな酒を出す店で? という疑問からその少女を観察していたのだが、横顔を見ていたらどこかで会ったことがあるような気がしてきた。  もしかしたら患畜の飼い主かもしれない。  誰だったろう、最近会ったような気がする。 「なぁに、神崎さん。ユイちゃんに興味あるの?」 「ユイちゃんていうのか、あの子……」  ユイ、ユイ……ユイ……  飼い主の名前でそんな人いたかどうかは判らない。苗字と患畜の名前で記憶しているから、飼い主の下の名前などは把握していない。どの患畜だか言ってくれたら思い出すだろうが、そんなものを繭が知っているとも思えない。そもそも病院関係で会ったとは限らなかった。 「おまえ、声掛けてみれば?」  惟人が楽しそうに悠司を押しやろうとする。 「よせって」  しかし悠司が声を掛けるまでもなく、視線に気づいたユイがふとこちらを見た。 (……可愛いな)  横顔も可愛かったが、正面から見るともっと可愛い。  何故か心底びっくりしたようなユイの顔に、悠司はぼんやりと思う。  誰だったろうか?  こんなに可愛い子だったら忘れるわけないんだけどな、と記憶のフォルダからいろんな顔を引き出そうとするのだが、頭の中にある女性リストにユイの顔はどうしてもない。 「ユイちゃん、こっち来る?」 「え、繭姉……」  繭に誘われたユイは、困惑したように視線を彷徨わせる。  その困った顔がまた可愛い。せっかくの機会だったから、悠司は迷わず「こっちにおいでよ」と手招きをした。  時間にすれば30秒ほど、ユイは迷っているようだった。いつもならすぐにこちらに来るのに、と繭は訝しんだが、結局ユイは遠慮がちに悠司の隣に腰を下ろしたのだった。

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