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第10話 混線

 我に返るとそこは自分の部屋だった。  うさぎのユイに、いつのまにかごはんをやって、ケージから出して遊ばせている。  時計は二十二時を少し過ぎた頃。  光はしばし呆然としていた。  正体不明の焦りが生じて、じわりと汗がにじむ。 「――うわ、腹筋痛い」  この感じを知っている。尚志とした後も、痛くなることがある。鍛えていないから、体に負荷がかかると痛くなる。脚を持ち上げられて前から攻められた時に、……こうなる。  悠司の刻むリズムを、覚えている。尚志のやり方が体に染み付いていた。それとは違う感覚に、なかなかついてゆけなかった。  ユイに触れ、愛撫する指先が、ひどく鮮明。  いつもは、ぼんやりとしか覚えていないのに、どうしてこんなに記憶が冴え渡っているのだろう。  抱かれたのはユイか?  本当は違うのではないか?  それくらい、はっきり覚えている。  悠司に抱かれたユイが、初めての感覚に混乱し、意識を光と共有したのだろうか。  ブラウスのボタンを二つ外され、悠司の手が肌にそっと触れた。  速くなっている鼓動に、彼は微笑んで平坦な胸に耳を近づけた。しばらく心臓の音を聞いていた。 「心臓が、速いよ」 「ユイはうさぎだもの。獣医さんに抱っこされたら、どきどきするものなの」 「ああ……そうだね」  楽しそうに、悠司は笑ったが、どこか微妙な顔をしていた。 「この前はありがとう。爪、痛かったの。血がいっぱい出て、怖かった」 「ユイ? それは……」  うさぎのユイのことを言っているのだろうが、ユイはまるで自分のことのように礼を言った。  彼女は自分をうさぎだと思っているのだろうか。悠司はふと妙なことを考える。  うさぎの寿命が来た時、ユイはどうするだろう。  自分も死んだと思って、いなくなるのではないか。  ……あまりに嫌な仮説だった。  それ以上ユイはそのことに触れなかった。  その時唐突に、玄関のチャイムが鳴った。  悠司は眉をひそめ、どうしようかと数秒迷ったのち、「少し、待って」と言うとユイをベッドに残して出て行った。  数分で戻ってきた時の彼は、無表情を装っていた。その奥に、複雑な感情が滲んでいたことにユイは気づいたが、何も言わなかった。 「董子だったよ」 「董子ちゃん……どうしたの?」 「つまらないことだ。――さて、うさぎさん」  妹の話題を早々に打ち切り、悠司は着ていたシャツのボタンを外した。  少し落ち着きを取り戻していた心臓が、悠司の声に、再び速さを増した。  女の子の服を着たままだった。それはとても倒錯的な行為に感じられた。ユイは悠司の名前を切れ切れに呼んで、苦しそうに彼を受け入れていた。……実際苦しかった。いつもと違う相手に、体が拒否反応を示していた。  怖かった。 (怖くなんかない)  どうして尚志じゃないんだろう。 (悠司、悠司……大好き)  もうやめて。 (やめないで、抱いてて)  触らないで。 (もっと、触れて)  心が壊れてしまう。 (いっそ壊して。ユイを殺して)  ――どっちなんだ。どちらかにしてくれ。  心の中で聞こえる声に混乱していた。  どうしてユイなのに、こんなに意識を明瞭に保ってしまったのだろう。もしユイが光の意識を遮断してしまったとしたら、こんなふうに思い悩まずに済んだろうか。――否。それはそれで、非常に恐ろしいことだ。記憶のないところでユイが何かをする、ということは、光にとっては大きな恐怖だった。だけど、それでも覚えていたくなかった。  これまでユイが悠司とどうなろうと、平気だと思ってた。  だけど、なんだろう。この焦燥感。それはもしかしたら、自分にとって受け入れがたいことだったのではないか。そう思えてならない。 「……柴田ぁ、今、忙しい?」  感情が混乱している光は、悠司に抱かれたばかりなのに、なんていう考えすら思い浮かぶことなく、無意識に尚志に電話していた。  一人でいるのが怖かった。  様子のおかしい光に、遅い時間だったにも関わらず彼が来てくれたことが、素直に嬉しかった。  尚志に守られてる気がした。彼が自分に向ける好意に、甘えていた。

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