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番外編 柴田くんのおしおき

※本編と雰囲気がまったく違うことをお詫びします。 光の一人称です。 水の温度 第12話 溶けたアイスの後日談。   ◆ ◆ ◆  情緒不安定だった昨夜、柴田はユイに会ったらしかった。  何故か僕は、覚えていない。ほんの数分の出来事だったみたいだけど、記憶はまるで飛んでいた。  ……ユイ。  僕に聞かせたくない話でもしたのだろうか?  主人格の意識を完全に閉じるなんて、ユイはそんな芸当が出来たのかと、少々不安にもなる。だけど柴田は「そんなに心配するほどのことじゃない」と言った。ユイが何かを言ったのかもしれないが、詳しくは教えてくれなかった。  まあ、柴田が言うのだから、そうなのかもしれない。  ユイと話したあと、柴田は少しだけ不機嫌そうに、「やっぱりお仕置きが必要だよな」と呟いた。  お仕置きってさあ……。  ユイが出てくる前に、そんな話をしていたのは覚えている。結果的に先生と寝てしまった僕に、何かペナルティを課そうというのだ。  不可抗力なのに。  だけど、やっぱり罪悪感は多少あったので、大人しくお仕置きとやらを受ける覚悟を決めた。柴田のことだから、そんなにひどいことはしない……だろう。  た……多分。 「でもそれは、明日にしよう」  先生との初めてのエッチで疲れている体を労わったのか、あるいは他の男に抱かれたばかりの体を抱きたくなかったのか、昨夜柴田は一切手を出してこなかった。  怒っても気遣いの出来る男、と捉えるべきか、それとも、僕の体力が有り余っている時にめちゃくちゃ攻め込むつもり、と取るべきか。わからない。オソロシイ。  そんなやり取りがあって、今夜柴田がうちに来た。  妙に笑顔だ。お仕置きがそんなに楽しみなのか。一体どんなことをされるんだろうと、僕は内心びくびくしていた。 「覚悟は出来てるのかな、光くんは?」 「……えー、うーん。うん、まあ」 「今日はお仕置きなんだから、多少のことは我慢しろよな」 「…………ええぇ……」  少し腰が引けている僕を見て、柴田はにやりと「じゃあ、手始めに一緒に風呂入ろうか」と提案した。  ふ……風呂ですか?  柴田とお風呂なんて、ただでさえ狭いユニットバスが、更に狭いんだけどなあ。  こいつ無駄にいい体してるし。ほんと無駄。絵筆くらいしか持たないくせに。 (柴田の体、好きだけどさあ)  泡だらけのスポンジを持って、お風呂の椅子に腰掛けた柴田が、ちょいちょいと手招きをした。  ……なに。 「俺の膝の上に座れよ」  ええっ……やだな。  子供じゃないんだから、とか思ったけど、柴田は入り口でタオル握ったまま立ちすくんでいる僕をじっと待っている。  ここで突っ立っていても柴田は方針を曲げないだろうから、嫌々ながらに指示に従った。  そうだ、これはお仕置きなんだから、僕が嫌がることをチョイスしてくるに決まってた。  柴田の上に座らされ、スポンジで優しく体を洗われる。だけど泡だらけの大きな手の動作は、僕を洗うだけが目的じゃないみたいだった。 「ちょ、柴田っ。何してんだよ」 「いろんなとこ洗ってやってんの。今日も暑かったから、汗かいただろ?」 「ゆ、指が……入ってんだけど」 「誤差の範囲だ」  とても楽しそうだ。  そりゃ楽しいだろう。僕のことを弄べるのだから。多少のことは我慢……。これはまだ多少どころか少々なのだろうなあ。先が思いやられた。 「あ……あんまり、刺激しないで欲しいんだけど。まさかここでする気?」  柴田の指の動きに体が反応してしまって、困った。こんな声の響くところで始められてしまったらまずい。換気扇の排気口から、結構お風呂の音って聞こえるものなのだ。 「安心しろ、ここじゃやらない。もうちょっと我慢しろ」  じりじりと焦らされて、もどかしくなる。  あ、わかった。焦らしプレイですか? すげーやだ。まいった。  泣きそうになりながら、もう許して、と三回くらい言って、お風呂を脱出することが出来た頃にはすっかり虚脱状態だった。  柴田……あとどれくらいお仕置き続くんだか教えてください。 「ちょっと……水分補給させて」  のぼせた。  はー、とため息をついて、冷蔵庫を開けていると、ケージの中のユイがこちらを見てかたかたと騒ぎ出した。何か勘違いしたらしい。さっき野菜あげたのに、もうない。足りなかったのだろうか。  ユイ……ユイが悪いんだぞ。なんて、心の中で八つ当たりしてみたり。  もちろん僕の中のユイとうさぎのユイが別物だってわかってるけど、なんとなく当たりたくなるのは、柴田が、そう、柴田が悪い。大体、僕がお仕置きされなくちゃいけない理由ってなんだろう? 先生としたのはユイの意思だし、僕が何かしたわけじゃないのに。  ……あれ。  なんだろう。昨日はあんなに苦しかったのに、今日はもう平気。気持ちが、軽くなってる。ユイが僕の中のマイナス感情を、どこかに持っていったんだ、とふと気づいた。  そのために生まれたのだ、ユイは。……僕の心を保つために。  柴田がベッドに転がりながら、麦茶を飲んでいる僕を「早く来い」と言いたげに見つめていた。  どんなことされるんだろうって身構えてたら、柴田はいつもと変わらず優しかった。  もしかしてさっきのお風呂でお仕置きは終わりだったのかなあなんて考えたけど、「手始めに」って言ってたからまだ何かあるのかも。  先生がつけたキスマークを指でなぞって、いかつい顔を微妙にしかめる。左眉のところに貫通しているピアスが、ひそめた眉本体と共に少し動いた気がした。あれ、痛くないんだろうか。 「先生はどんなふうにした?」 「……蒸し返すんだ?」 「いや、参考までに。言いたくないならいい」  じゃあ最初から聞くなよ。  でも昨日は聞かなかった。昨日は僕が不安定だったから、そういうことに触れなかったんだろうか。柴田は、結構僕に気を使ってくれているのだと、たまに思う。  少しだけ、教えてあげようかな。 「女の子の服着たまま、された」 「――あ、そう。脱がなかったんだ?」  なんでそんな嬉しそうな顔をするんだか。  僕の裸を他の人に見られたくないんだろうか。たいした体じゃないし、きっと先生もそんなに興味ないんじゃないかなって思う。柴田みたいにきれいな……って言ったら語弊があるかもしれないけど……体だったら、見たいだろうけど。筋肉のつき方とかが、絶妙で好き。 「先生はあくまでも女の子として、ユイ(まあ僕だけど)を扱いたかったんじゃないかなあ」  柴田は「ふうん」と呟いてから、少し沈黙した。  ……………。  なんだろう、この沈黙は。  横に転がりながら僕の体に色々していた柴田は、何かを考えている顔で、ふと身を起こして体勢を変えた。  筋肉って比重が重いのかな。柴田は太ってないけど、体重は結構ある。僕は男にしては華奢だし小さい方だったから、だいぶウェイトに差があるはずだ。  柴田が、僕の上に乗っかってきていた。……重い。 「あのな、光」  柴田が名前を呼んだ。  呼ぶ頻度はわりと少ない。だから、なかなか慣れない。ユイは先生のことをあっさり下の名前で呼べたのに、僕はそれが出来ない。なんとなく柴田に申し訳ないような気がしている。  だけど、僕の中で柴田は「柴田」という生き物であり、その呼び方が一番好きだった。 「これはお仕置きの一環だけど、もしどうしても我慢出来ないようだったら、正直に言っていいから」 「……な、なにそれ?」  一体何をする気なんだ。  そんな前振りをされたら、否が応でも緊張する。 「少し、目ぇ閉じてろ」  あまり体重をかけないように跨りながら、柴田は温かい口で僕を包み込んだ。ああ、別にいつもと変わらない。何がお仕置きなんだろう……と、途中まで、思った。  だけど……。  …………あの。  あまりのことに、僕は閉じていた目を見開いた。 「し、柴田っ、何をして」 「――あ、目ぇ開けたな。閉じてろって言ったのに」  ちっ、と舌打ちして、柴田は起き上がろうとした僕を押さえ込んだ。  いきなり何をするんだ。  予想だにしてなかったことをされたから、気が動転した。声がちょっと裏返った。 「だって、だって、だって、柴田何やってんの?」 「なにって……」  柴田はほんの少しいつもの余裕を欠いて、何かを我慢してるみたいな顔をしてた。 「お仕置き。……気持ちいいだろ、俺ん中」  ……な、にを言ってるんだこの男は!  これじゃ、僕じゃなくて柴田がお仕置きされてるみたいじゃないか。  だけど何かを言う前に、柴田がゆっくりと動き出したので、何も言えなかった。 「お前は何もしなくていいから、そこで寝てろ」  柴田は出そうになってる声を殺して、言いたいことだけ言う。  こんな状態になっても、あくまでも主導権は柴田が握るらしい。いきなりなんでこんなことしようと思ったんだろう。僕は自分の置かれた状況に軽くパニックに陥っていた。  柴田こういうこと出来たんだ? っていう驚愕とか、しかもなんか良い具合だし、とか頭が混乱して、気づいたらあっという間に終わってた。  お仕置きって、これか。  何考えてんだ……。  柴田という男をわかっているつもりだったけど、全然わかってなかった。  精神的ダメージがすごく大きい。  柴田は疲れたようにごろんと横になって、「わりぃ」と苦笑いした。 「やっぱ俺、こっちの方は苦手だわ。先生には真似出来ないことしようかと思って、つい悪ノリした」  ごめんなー、と笑って、柴田は僕に顔を近づけると額をぐりぐり押し付けた。  痛いから。  だけどなんだか、恥ずかしいのをごまかしてるみたいに見えて、柴田もこんななりして可愛いとこあるんじゃんとか言ったら、軽く殴られた。  しかし先生に勝つためには手段を選ばないあたり、あざとい。確かに先生は、こんなことしないだろう。  でもこれで、お仕置き終了ということで、いいんだろうか。などと思っていたら、柴田が「俺まだ満足出来てないから」と言って、すぐにいつもどおりの展開になってしまった。  元気だなあ、柴田は。ほんと。  やっぱ女の子とするのとは感じが違うね、って言ったら、柴田が何故かショックな顔してた。 「お前って無神経な奴だな」  ……意味がよくわからなかった。 ※第3章へ

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