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第2話 ブラコンの姉

 元々ユイは実家にいる頃から飼っていたうさぎだった。ケージは持ってこなくても、元々部屋に設置されていた。ユイを自分の部屋に連れていき、空っぽのケージに入れてごはんをあげると、すぐに馴染んで食べ始める。 「ユイぃ~ちゃんと光の世話してくれてた?」  部屋についてきた愛莉は、カーペットの敷かれた床に寝そべりながら、ペレットをもぐもぐしているユイの背中を撫でた。 「愛莉ちゃん、それ逆じゃない?」 「そっか逆かあ」  可愛いねえユイ、ふわふわだねえ、とかなんとか言いながら、愛莉はずっとユイを撫でている。基本的に動物大好きな家庭だ。 「ねー光、光もこっち」  愛莉が荷ほどきをしている光を転がりながら手招きする。一緒にユイを可愛がろうと言っているようだ。仕方なく光も愛莉の隣に横になる。 「ユイは愛莉がいなくて寂しくなかった? 愛莉はねー、寂しかったんだよぅ。光が連れてっちゃうから、哀しかったんだ」  ユイに話しかけるようにしながら、光に文句を言っている姉に軽くため息をついて苦笑い。 「だってユイは、元々僕のうさぎだもん」 「知ってるけどさあ……」  隣に来た光に、また愛莉は体をぴったりと押し付けてきた。  カーペットの上で潰れて形を歪め、強調される柔らかな胸元。キャミソールの隙間からブラの中身がちらりと見え隠れして、目のやり場に幾分困る。 「愛莉ちゃん、見栄張ってサイズより大きいカップ買うのやめなよ。ブラ浮いてるよ」 「……やっだ、光、ひどい! 馬鹿っ!」  わざとデリカシーのない科白を口にした光に、愛莉はちょっと顔を赤らめて怒った。胸元をさっと直した時に、さらりと流れたミルクティの髪が肌をかすめた。本気で怒っているわけではないのは知っていた。  愛莉のことは、大抵知っている。 「愛莉ちゃん、大学楽しい?」  少し乱れた愛莉の髪を指で直してやりながら、光は静かに尋ねてみる。離れているうちに知らない表情をするようになった弟を、愛莉は不思議そうに見つめた。 「うん、楽しいよ?」 「彼氏、作れた?」 「……知らない」  途端にぷいっと光から顔をそむけた。子供みたいな仕草だと思った。 「相変わらずなの?」 「だって、……だもん」 「愛莉ちゃん」 「男って、ごついし、汗臭いし、声大きいし、嫌い」  愛莉は駄々をこねるように頭をぶるぶると振った。ケージの中からユイが、愛莉の揺れる髪を興味深げに見つめている。 「僕だって男だよ」 「光は可愛いからいいもん」  久しぶりに会ったからかもしれない。  ずっと光が傍にいなくて、寂しかったからだろうと思う。こんな簡単に泣かなくても良いのに、愛莉の瞳から唐突にぼろぼろと大粒の涙がこぼれた。 「愛莉ちゃん」  こぼれた涙を指の腹でぬぐって、髪を撫でてやる。 「光、今日は……一緒に寝てね?」  この家にいるのは今夜だけだった。  ユイを預けに、寄っただけだ。  悠司と、約束があったから。ユイを連れてゆくことも、アパートに置いてゆくことも出来なかったから、実家に預ける為に、帰ってきた。 「もういい大人でしょ、愛莉ちゃん」  子供の時とは、違う。 「光とは別にいいんだもん……何歳になったって」 「――でもさあ」  姉とは言え、色々不都合があるのではないだろうか。いくら可愛いからと言って、光は女ではない。一応、男だ。一緒に寝て、微笑ましい、で済む年ではない気がする。 「他の誰にも……、愛莉の体、触らせてないから」  どういう意味で言っているのか、光は数秒逡巡したが、結局はよくわからなかった。  愛莉のことは大抵知っているが、知らないことも、やはりある。

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