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第4話 体の記憶

 一度ざっとシャワーで体を流した後、なみなみとお湯の張られた湯船に一人浸かりながら、光は体をぎゅうっと伸ばした。  普段暮らしているアパートに備え付けられたバスタブとは違い、かなり広々としていて気持ちが良い。物件探しの時は家賃の手頃さ(重要)とペット可(超重要)を優先させたので、あまり快適な浴室は手に入れることが出来なかった。実家に帰ってくると、入浴タイムは普段以上にリラックス出来て、とてもありがたい。 (次に引っ越す時は、お風呂も重視しよう……)  運転で疲れたすね毛のない脚を揉み解して、のんびりする。  元々体毛は薄い方だったが、ユイが男らしい部分を嫌がるのを知っていたし、ないならないで別に構わなかったので、無駄毛は処理してしまった。つるつるの、綺麗な脚、腕。ちょこちょことしか生えてこない髭も、いずれ脱毛しようと考えている。  悠司に男の部分を見られたくないと言って、なかなか体を曝け出せないユイ。 「可哀想なユイ」  自分のことなのに、客観的な意見がぽつりと洩れた。  服を着ているからと言って、下着まで外さないわけではない。男でしかありえない下半身は、ユイの角度からは服で見えないかもしれないが、悠司の目には曝されている。その辺はあまり考えないようにしているのだろうか。  可哀想に、とは思っても、この体をすべてユイに明け渡すわけにはいかなかった。プライマリはあくまでも光であり、言うなればユイはセカンダリだ。 (……プライマリ?)  なんだか変な言い方をした、気がする。  こんなふうに誰が言ったんだっけ、と光は少し首を傾げた。自分が言い出したわけではない。ただ突然頭に浮かんだ。が、答は見つからなかった。 (まあ……いいや。体洗おう)  ざぱりとお湯から出て、プラスティックの椅子に座ったが、ふと昨日尚志にされたことを、また思い出してしまった。  ぬるりと入り込んできた、指の、感触。  この体に刻まれた、尚志の痕跡。  体の奥がきゅんと疼いた。もやもやした思いに少し上を向いてしまった物に目を落とし、光は少しの間困ったように停止していたが、スポンジにボディソープを取り、それを隠すように肌の上でぷくぷくと泡立てて洗っていった。  脚と脚の隙間に指を割り込ませ、いつも男を受け入れている、今は閉じた蕾に触れてみる。よくこんなところに入るよね、と思いながらゆるゆると表面をなぞっていたが、だんだん我慢出来なくなってきて、光は誰もいないのに周囲を見渡した。  誰もいないのに周囲を見渡す。  ぽたり、と天井から水滴が垂れた。  しんとした浴室。誰も見ていない。光以外はもうお風呂を済ませてしまったはずなので、誰も急かしたりしない。若干の躊躇いはあったが、少しだけ、と自分の指先にくっと力を入れた。  蕾の真ん中に触れた瞬間、そこはぴくぴくと反応し、泡にぬるついた指をあっさり飲み込んだ。 「……何、これ……っ」  こんなに簡単に入ってしまうのかとびっくりした。  指を恐る恐る動かして中を探る。温かく痙攣し絡みついてくるそこは、女性器に似ていると思った。  前の方は弄っても、自分でこんなところを触ったことなどなかった。実家の浴室で一体何をしているんだろうという意識はあったのだが、入れてしまった指の動きを止めることが出来ない。 (気持ちぃ……どうしよ)  尚志にされたことを思い出して、さっき微妙に元気になってしまった部分は、後ろを弄っているうちにもっと天井を向いている。泡で隠したはずなのに、先端から滲んだ蜜のせいかちょこんと顔を出していた。 (なんだろこの……やらしい構図)  こんなところ誰かに見られたら困る。  早くなんとかしてしまわないと、という焦りと、もっと気持ち良くなっていたいという快楽が入り混じる。 (柴田も……先生も……、ココ、気持ちいいんだよね)  女の子みたいだな、と思いながら、乱れてくる息を抑えるように深呼吸してみる。深呼吸したら余計に深く指を飲み込み、もっと逞しいモノが欲しくなってきてしまった。  尚志が、欲しい。  昨日もしたのに、もっとして欲しい。  悠司に会う為に嘘を言って出てきたが、やはり悠司を好きなのはユイであって光ではない。どうしても性欲は尚志に対して向けられる。彼によって開発された体だから。  それでも尚志は友達なのだ。  恋人には、ならない。  どうして頑なに、そのように思うのだろうと、自分でも不思議だ。尚志を好きだと思っても、体を開いても、そこを認めるわけには、何故かいかない。  認めてしまったら楽になるのだろうか。  大好き、と言って、尚志に身も心も委ねてしまえば良いのだろうか。 (だけどそんなの)  女の子みたいで、嫌だった。快楽だけ追ってるセックスフレンドの方がまだましだ。  そこまで考えて、光は心に何かが引っ掛かった。 (――そういえば)  いつ僕は、  女の子の体を知ったんだっけ?  ふと降って湧いた疑問に、考えのまとまらない頭で考えてみるが、何故か良く覚えていない。  以前尚志にだまし討ちに遭い、攻める側に回らされたことがあった。それは尚志なりの「お仕置き」で、お互いに精神的ダメージが結構あった。馬鹿じゃなかろうか。  あの時は尚志が勝手に上に跨ってきて、光の意思などまるっきりなかったし、犯されるみたいに、本当に一方的に食われた感があるのだが、その時に尚志に言ったことがある。  ……女の子とは違うね。  あれは、誰と比べての話だったのだろう。  普通初めての体験は覚えているだろう、と思う。いつ、誰と、どのようにして、それを知ったのか、思い出せない。 (もしかして……)  光の知らない誰かが、まだ光の中に隠れているのだろうか。そう考えて、まるで覚えていないのはおかしい、とも考え直す。ユイのことは他人事のように見えているが、それでも覚えている。そのつもりだ。  わけのわからない感情が心に芽生える。  不安がぞわりと湧き上がる。  それでも指の数がいつの間にか増え、後ろだけの刺激でびくびくと射精した。生温かい精液が太腿に伝い、床に落ちた。 (バックだけでイクとか……)  尚志は前もちゃんと弄ってくれるからあまり気にしなかったが、後ろだけでも充分気持ち良くなれてしまう自分に気づいてしまい、なんとなく虚しくなった。シャワーを勢い良く捻り、お湯ですべてを流した。  実家に帰る早々こんなことをしていてはまずい。  早く気分を切り替えなければと、光は浴槽の蓋を閉め、浴室から出た。

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