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第12話 三人目

 レンガ造りのなかなか可愛らしい外観を持つ別荘に到着し、荷解きをして少女の姿形を取ろうとしたユイに、着替えるのは昼食を摂ってからにしようか、と悠司が提案した。  もう結構な時間になっていた。  昼食後に着替えて少し外でも散策しよう、ということに決めた。確かにユイも空腹で、着替えやメイクで時間を取らせるのは悪いと思ったらしく、素直に頷く。  都会の喧騒とは程遠い、避暑地。緑が多くて、空気が澄んでいる。ユイと二人きりで過ごす為に、少し早い夏季休暇という名目で数日病院を閉めて、ここに来た。  本当は、実家で二、三日ゆっくりしたらいいなんて言いたくなかったのだが、本当に困ったように光に電話口で言われて、そんなことを言ってしまった。あまりがっついた印象を与えたくもなかった悠司としては、大人の対応をするしかない。  だからここにいられるのは、今日を入れて三日間だ。本当はもっと長くいたかったが仕方ない。  三日間……と言えば、光が言っていた空白の三日間も、気になる。しかし当の光は引っ込んでしまい、会話は途切れたままだ。ユイはそのことについて何も言わないし、人格が切り替わっている以上、どうすることも出来なかった。 「そういえば……お昼って、どうするの?」  ふと疑問をユイが口にすると、悠司は少しだけ言い淀んだ。 「一応食材は持ってきたよ。俺が作ろうかと……思ったんだけど」  以前悠司は一人暮らしをしていたが、ここ最近は妹の菫子(とうこ)が同居しており、食事当番はほぼ彼女の役割だった。しかし今日は董子はついてきていない。悠司の作る食事を、ユイが口にしたことはなかった。 「ユイが作ろうか?」  なんとなくあまり料理しなそうなイメージを悠司に抱いているらしいユイは、にっこりと提案する。  確かに光は自炊しているし、その流れからユイも出来るのだろう。このままユイの好意に甘えても良かったのだろうが、悠司は少し考えるようにして、「じゃあ」と魅力的な笑顔を見せた。 「一緒に、作ろうか」  その提案は、ユイのお気に召したようだった。嬉しそうな顔をして頷き、悠司の腕にきゅっと自分の腕を絡めた。  着替えなくて良かったかもしれない。折角ロリータ服に着替えても、調理中には若干邪魔になるだろう。  一緒にキッチンに立つユイは、ぱっと見は普段の光だ。半袖のシャツに、淡い色のクロップドパンツから覗く手足は、同性とは思えない華奢さがある。それでも勿論その体が男だということはわかる。  わかるが、表情に男臭さがまったく感じられない。 (本当に、ユイは可愛い)  元々男にしては可愛い作りなのだが、本当に悠司を好きでいてくれているというのがわかる、柔らかくて愛らしい表情。それが大好きだった。  とても、落ち着く。  けれど実のところ、悠司にはここのところ脳裏にある考えがあった。  ユイが光の中に間借りしているような別の人格、というのは重々わかっている。ずっとずっと傍にいてくれないのも、だから仕方ないのだろう、とは思う。光には光の生活があるのだから。  ただ、結局のところは同一人物だ、というのが根底にある。  光のことを、最近そういう目で見ている自分に気づいていた。  ユイの形を取らなくても、彼とどうにかなれそうな自分に、気づいていた。光がどう思うかは別として、だが。  勿論ユイのことは愛している。  悠司はこれまで獣医になる為の勉強をしていたので、そういった精神的な症例には詳しくない。それでも、将来的にユイと光の人格がきちんと統合されて、一人の人間として悠司の傍にいてくれたら一番いいと……、最近思うようになってしまった。  先ほど光が、二重人格ではなく多重人格である可能性を示唆した。  正直どうしようかと思った。統合して欲しいのに、更に枝分かれしてしまわれたら非常に面倒だ。面倒だが、仕方ない。自分がユイを光ごと欲しいと思ってしまった以上、どうにかするより他なかった。 (とりあえず柴田くんが、邪魔だ)  悠司の不満要素は、柴田尚志の存在だ。  光は尚志のことを好きなのだろう、と思う。自分だけを見てほしい存在に、他の誰かが介入するのは、煩わしかった。 「ね、悠司……お塩はどこ?」  大鍋にお湯が沸いており、そこにパスタを入れようとしていたユイは、塩の置場がわからなくて探している。悠司が何か余計なことを考えていたことには、多分気づいていない。 「ああ、ごめん。ぼーっとして。――はい、塩」 「運転、疲れた? 全部ユイがやろうか?」 「いや……俺はじゃあ、ソース作るから、ユイは火加減見ててくれ」 「……うん」  ユイはじっと悠司の瞳を何秒か見つめ、何か言葉を飲み込んだような顔をしたが、結局は言わなかった。  ぴこん、と光のスマートフォンが一度鳴った。  ぴこん、ぴこん、と何度か続けて鳴って、音が気になったのかユイはそれが置かれたテーブルに少し目をやる。 「見たら?」 「うん……何かな……でもどうせ、ユイには関係ないよ?」  スマートフォンを拾い上げ、画面を見つめるユイは、少し考えるように自分の唇を指で撫でる。  昨日お友達に追加された眞玄から、メッセージがぽつぽつと流れてきていた。確かにユイには関係ないし、返事のしようもない。 「なんかお礼っぽい、メッセージ。光に」 「お礼って?」 「うん、昨日の夜、ちょっと相談に乗ってあげた人から」  何気なく言ったユイに、悠司は少しひっかかる。  昨夜も少し記憶がつながらない箇所があると、光は言っていた。何の相談かは知らないが、この件について光は把握しているのだろうか。  悠司の沈黙をどのように取ったのかは不明だが、ユイはふと光のスマートフォンを差し出した。 「見る?」 「――や、それは光くんのだから」 「別におかしなことは、書いてないから。もし怒られたら、ユイのせいにしていいよ」  そんなことを言われてしまい、結局悠司は光宛のメッセージを見ることになってしまった。   macro「うさちゃん、昨日は話聞いてくれてありがと( >д<)」   macro「勇気出た! また色々聞いてね!」   macro「ついでに昨夜撮った写真送ります~」  ぽこぽこと短いメッセージとスタンプの連続のあと、悠司が見ている最中に、メッセージの主であろう人物と光のツーショット写真が送られてきて、それで終わりだった。  普段の光とは少し違う印象の、強気な顔をした男が映っていた。 (……これは、もしかして)  光の言っていた、光の知らない誰か。 「ユイ……この子は、誰?」  ユイは知っているのだろうか。  写真が送られてきたのはスマートフォンを悠司に渡した後だったので、なんのことを言われたのかわからずに、ユイは首をかしげた。 「えっと、確か、眞玄さんていう……、……あ」  写真を見て、ユイの顔が曇る。 「これはあの……、悠司……」 「知ってたら、教えて」 「――うん、あの……。これは、……アオイ、です」  困ったような声で呟いて、ユイは目を逸らした。  鍋のお湯が吹きこぼれて、コンロの火が立ち消えた。

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