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第15話 恋

 ロリータ服に着替え、女の子の顔に化粧しウィッグを被ると、それは悠司が愛してやまないユイの形になった。普段の光も可愛らしいが、女の子の姿になるとまた違った趣がある。飾っておきたいくらいに、可愛い。  先ほどアオイとしていた会話はユイも聞いていたらしく、なんだか意気消沈したような雰囲気で、悠司はなんと声をかけて良いものか迷った。 「そうだ、ユイ。これから気分転換に買い物に行こう。車で少し行ったところに、アウトレットモールがある。……ちょっとそこで、服でも見ようか」  悠司自身、アオイの発言について、正直どう対処して良いのか判断に困っていた。気分転換したいのはユイではなく自分であるのには気づいていたが、ユイは特に異論を唱えずに頷いた。  光を引き受けて欲しい、と言われて……  心が動いたのは本当だった。それは悠司自身が漠然と考えていたことでもあり、望んでいることだったから。ただ、ユイがどう思っているのかが不明だ。ユイを傷つけることは、したくない。  姉の件はあまりに意外過ぎて戸惑うばかりだったが、それ以外にも確認したいことが何点かあった。しかしアオイは引っ込んでしまい、聞くことが叶わない。今後また悠司の前で、彼の出番はあるのだろうか。 (裏がありそう……ね)  悠司が隠している「あること」に、アオイは気づいている。それがなんなのかまではさすがに気づいていないだろうが、確かに悠司には裏があるのだろう。 (……言うべき、だろうか)  自然にため息が漏れた。  お人形のように可愛いユイに服を選んでやり、先ほどの話題を避けて会話しながらも、悠司は今後の方針を考えていた。  普段好んで着ているロリータではなく、夏なのだし、膝上丈の涼しげなワンピースを着せてみたら、結構似合っていたので購入した。 「ユイは肌が綺麗なんだから、少しくらい出してもいいんじゃないか?」  それが男の体とはわかっていても、すべすべでごついところのない細い手足を、隠してしまうのはもったいなかった。 「……悠司、あのね。さっきの件だけど」  肌の露出についてのコメントではなく、アオイとのことを持ち出したユイに、悠司は少し緊張する。その表情に気づいたのか、少し言いにくそうに沈黙したが、やがて静かに続けた。 「ユイも、納得してるから。長い目で見たら、きっとその方がいいんだろうなって。……だから、あの、今夜……」  そこまで言って、ユイは顔を赤らめた。 「……途中から、そうしてくれる……?」  ユイが明確な言葉を発しないのは、羞恥からなのか、躊躇からなのか、あるいはこの会話を光が聞いているからなのかはわからなかった。  そうする、というのは恐らく、 (してる最中に、ユイが引っ込んで光くんにチェンジするってことで、いいんだろうか)  大丈夫なのだろうか、そんなことをして。  けれど、試してみないことにはどうなるかわからない。仕方なく悠司は了承した。 「ユイがいいなら……俺は」  表情が若干固くなっている悠司を慮ったのか、ユイはにっこりと笑って、買ったばかりの明るい色のワンピース姿でくるんと回った。 「似合うかな?」  とても似合っていた。  他にも色々見て回って、菫子へのお土産を二人で選んだりしながら、夕方には帰路へ着いた。  一方、悠司の前から引っ込んだアオイは、セルリアンブルーの檻の中にいた。  光の意識は、あの時完全にシャットアウトしたつもりだ。ユイも短い時間ならそういうことが出来るようだが、あまり調整がうまくない。光に勘付かれないようにことを運べるといいのだが、どうなることやらわからない。  それでも、だらだらと二人の男の間で関係を続けられるのはアオイの好みではなかった。特に尚志に関して、アオイの評価は厳しい。 (そういえば、眞玄どうしたかなあ)  ふと、昨夜のことを思い出す。  今はアオイがちょっとしたことで出現しやすい環境にあって、昨夜もうっかり光からバトンタッチしてしまった。  結果的に、眞玄は光に危害を与えるような存在ではなく、本当に相談されておしまいだった。アオイが出るような案件ではなかった。 「眞玄って、絶対誤解されるよ、態度改めないと。多分朔ちゃんも、誤解してる」  一応違和感がないようにプライマリを意識して、眞玄の相手をしてやる。一人称も「僕」にして、けれどやはり中身はアオイになっていた。  二人で一緒に駅の方まで歩きながら、色々と喋っていたのだが、着いてしまっても会話が上手いところで収束せず、午前中朔と待ち合わせた店に同じように入って、しばらく話した。  アオイになると味覚も変わる。光の時にはあまり頼まない、抹茶フラペチーノを口にしながら、眞玄の向かいで観察する。 (ほんと、行動やら言動やらで損してるな、この男)  実は結構、当初抱いた印象よりいい奴かも、なんてアオイは思い始めていた。 「うーん、そうかなあ。俺としては普通にしてるつもりなんだけど……うさちゃんも、誤解したの?」 「したした。ほんとどっか連れ込まれて、犯されちゃうのかなーって、警戒したもん」 「しないよぉ、そんなこと」  眞玄は困ったように軽く笑って、否定した。 「朔と、仲良さそうだったから。今後の攻略方法で参考意見聞けたらなって、それだけなんだ」 「だったらナンパはやめた方がいいんじゃ? 朔ちゃん、結構嫉妬とかする方だった気がする」  アイスコーヒーをストローで吸い込みながら、眞玄は少しだけ困った顔をした。 「や、あれはねえ……違うんだよ。俺、朔は諦めようと思って、……っていうのは、やっぱ朔はバンド仲間だし、同じ大学で顔を合わせることも多いし、駄目だった場合のこと考えるとさ……ああ、あと、男だし? ――んでまあ、色々朔を諦められそうな相手探してた。まあ確かに、ちょっとそんなんで朔の反応見るってのも、あったけど……やっぱりあれって嫉妬してるんかな?」  男だし、というのは付け足しにしか聞こえなかった。あまりそういうことには抵抗がないように見えた。 「多分眞玄のこと好きじゃない? 少なくとも意識はしてるはず」 「……そ、うかな」  まんざらでもなさそうに、ちょっと照れている。 「でさ、色々他の誰かで代替えしようとはしてたんだけど、やっぱ、俺が欲しいのって、朔なんだなーっていうのを、実感するばっかでさぁ」 「じゃ、腹括って、朔ちゃんにぶつかればいいよ。ストレートに」 「そうだなあ……うん、やってみるわ」  そのあと、朔のどんなところが好きなのかとか、ノロケとも取れるようなことを聞いてやっていたのだが、ふとこちらに矛先が向いた。 「ね、うさちゃんは、付き合ってる子いる?」 「――え、僕?」  急にこちらに話題を振られて、アオイは一瞬言葉につまった。  愛莉のことを、脳裏に浮かべた。  三日間、彼女に割いた。  ユイに、愛莉のことを口出しされて頭に来た。その件について誰かに何かを言われるのは嫌だった。  本当は三日も光の意識を奪うなんて、得策ではないことも知っている。  知ってはいても、愛莉に会うのが久々だったのもあり、自分の感情を優先させた。  自分は愛莉に恋してる。  その事実を、アオイは知っている。  けれども、それがいけないことなのだと理解もしている。だから光の意識を完全に閉ざし、罪悪感に囚われないように記憶を操作する。  いつまでも、続けられるものではない。愛莉だってわかっている。  彼女の大切な弟を奪い、プライマリに成り代われるなら、とたまに本気で思う。そんなこと、馬鹿げているのは知っている。  どうして自分がオリジナルの光ではないのだろう。  どうして光は愛莉の弟なのだろう。  自分は光に嫉妬しているのだろうか。  光とユイの連携プレイによる二股事情なんて、本当は口出しできるはずもない。アオイは禁忌を犯しているのだから。  誰に言われずとも、わかっていた。 「うさちゃん?」  眞玄に呼び掛けられ、我に返る。アオイはすぐに取り繕い、にこりと笑った。 「ちょっと眠くなってきたかも。そろそろ帰ろうかな」  実際、遅い時間ではあった。  牧草を回収後タクシー乗り場で眞玄と別れて、アオイは意識を光へ明け渡した。

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