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第17話 現状打破

 理由が良くわからないまま、悠司に抱かれている最中に、ユイから突然光に戻ってしまった。ことが済んだあと、光は悠司の顔をまともに見られなかった。  結局、自分で言った科白どおりに服を全部脱がされ、外見までも女の子のユイから光に戻ることとなった。  その体をすべて晒して、悠司に抱かれた。  罪悪感からなのか、普段より感覚が研ぎ澄まされてしまい、余計に感じてしまった気がする。途中から本当にわけがわからなくなるほどに、悠司に溺れた。何を口走ったかも、鮮明には覚えていない。  けれど、すべてが終わったあと、どうして良いのかわからず黙り込んでしまった光に、 「光くん、大丈夫?」  そう言われて初めて、悠司が光とわかった上で抱いたのだと気づいた。  どういうことなのか、頭がついてゆかなかった。 「……先生、途中から僕になってたの知ってて、続けたんですか?」  裸のまま薄いタオルケットにくるまり、ぽつりと指摘する。床にはさっき脱がされた女物の服が転がっていたが、再度着る気にはなれなかった。 「それはその……すまない。俺が悪かった。……光くん、嫌だった?」 「そういうことじゃ、ないけど……ただ、先生は、ユイじゃなくても、出来るってことでしょ?」  光が非難していると思ったのだろう。悠司は気まずそうに視線を外し、少しの間沈黙した。  別に非難したいわけではなかった。  ただ、状況が把握出来なかった。 「光くん……俺はね、ユイのことは勿論愛してる。だけど君のことも、同じくらい大切だって思うんだ。迷惑だろうか」 「……え……」 「君が柴田くんと付き合ってるのは、知ってる。それでも、」 「や、先生……柴田とは、付き合ってるっていうか……友達で……」  言わなくてもいいことを言ってしまったような、居心地の悪さが自分の中に残った。  尚志のことを好きでも、いくら体の関係を持とうとも、友達というスタンスを崩せないでいた。それでも、このタイミングで悠司に告げるべきではなかった。 「――だったら、光くんとユイの二人で……っていうのもなんか変な言い回しだけど、俺とちゃんと付き合ってくれないか? ……さっきのは、そういうことの確認でもあった。光くんが俺のこと拒否するようなら、無理だと思ったけど……大丈夫だったんだろう?」 「それは、……あの」  そんなこと急に言われても、どうしたらいいかわからなかった。  あんな姿を見せた後で、大丈夫じゃなかった、なんて言えるはずもない。それでも、悠司が気づいてないのかと思っていたから、だから拒否しなかったのだ。  けれどそれも途中までのことで、確かに光は悠司を受け入れていたのだろう……、とは思う。 「俺は、光くんが好きだよ?」  魅力的な低音で囁かれて、光は何も言えなくなった。  顔が熱くなってくるのがわかる。散々乱れたことをしたあとだというのに、こんなシンプルな科白ひとつで、光を惑わせる。  悠司は、狡い。  自分の囁き声がどれだけ効果的なのか、よく理解している。  もし悠司の言葉に素直に従って、彼だけの物になれたら、それはそれで良いことなのだろう。  けれど光は気づいている。  抱かれてた時に、尚志を思い出したこと。空色の眩しさ。泣きたくなったことを。  どうしたら一番良いのか、わからない。  結局その場では、はっきりした返事を出すことが出来なかった。  とりあえずパジャマに着替えて悠司と一緒のベッドに入ったものの、光はなんだか眠れなくて、尚志に短いメッセージを送ったりしていた。  実家に帰っていることになっているので、日常的な、送る必要性さえも不明な、非常にどうでも良い内容だった。それでもなんだか尚志と繋がっていたくて、重要でなくてもぽつぽつと送ることがある。しかし尚志はもう寝てしまっているのか、別のことで忙しいのか、反応はなかった。  ふと、 (……何、これ?)  SNSアプリを何気なく触っていたら、眞玄とのやり取りの履歴を見つけた。   macro「うさちゃん、昨日は話聞いてくれてありがと( >д<)」   macro「勇気出た! また色々聞いてね!」   macro「ついでに昨夜撮った写真送ります~」   ひかる「頑張ってねー。今ちょい取り込み中だから、またあとで」   macro「らじゃ」 「……えええぇ」  光はこんなの送った覚えがなかった。  というか、やはり昨夜眞玄と何かがあったのだ。別荘へ向かう車の中でユイにシフトしてしまったので、その前に悠司と話していた「多重人格の可能性」について、中断されたままだったことを思い出した。  撮った覚えのない写真も送られてきている。どうにも仲が良さそうなツーショットに戸惑いを抱きながらも、あまりこういった表情を自分がするとも思えずに、違和感ばかりが増幅した。  もやっとしたものが生まれたが、あまり遅い時間に眞玄にコンタクトを取るのも憚られたし、何よりもなんと言って切り出せば良いのか不明だった。  自分の隣で、光が眠れずにごそごそスマートフォンなど弄っている様子に、悠司は気づいていた。  戸籍上の妹である菫子も、割とそういった傾向があって、余計に眠れなくなるのではないかと考えている。頑固親父みたいに口うるさく言ったりはしないが、あまりそういう物に依存するのは良くない。  あえて眠ったふりをしていたが、悠司もすんなりとは眠りに落ちることが出来なかった。  目を瞑っていると、先程の光の残像が浮かんできて、欲望をもて余した。 (全部脱がせて、なんて)  あんなに余裕のない、せつない声で言われてしまったものだから、うっかり興奮した。  今まではユイが嫌がった為に、悠司の前で全部脱ぐなんてことはなかった。着衣のまま抱く、というのもそれはそれで良いものだが、何も着ていない光を抱くというのは、かなり刺激的だった。ユイとはまた違った反応を返してくれる体は、同性とは思えないほと華奢で、頼りなくて。 (すごく、可愛かった)  ユイとそうなるまで、悠司は同性とどうこうするなんて性的嗜好はなかったはずなのに、今となってはそんな過去が嘘臭く見えるほど、抵抗がなくなっている。勿論、光のような可愛らしい相手だから、なのだろうが。  多分光は、今悩んでしまっている最中なのだろう。  アオイの案とはいえ、実際強引にことを進めすぎではないか、とも思う。けれど何もしないままユイだけと関係を続けていても、多分悠司が本当に求める理想的な形にはならない。  これは現状打破する為に、必要な過程だ。悠司は自分自身に言い聞かせる。  ふと、隣で光の「えええぇ」という小さな声が聞こえた。薄く目を開け、何をしているのかと確認すると、スマートフォンの明かりにぼんやりと照らされた顔が確認出来た。  とても困惑した様子で、何かを考えている。 「光くん……もう寝た方がいい。目が悪くなるよ」  悠司の目が開いているのに気づいて、光は素直にスマートフォンを枕元に置いた。 「――はい」 「眠れない?」  光は何かを考えるように少しの間黙り込んだが、やがて遠慮がちに呟いた。 「先生、僕……先生のこと、すごく尊敬してるし、大好きです」 「……うん」 「でも、少し……考える時間、ください」  ある程度予想していた模範解答だった。悠司は微笑んで、光の髪に触れた。 「急いでない」  拒否されていないと感じたので、少しだけその体に手を伸ばし、優しく腕に抱き寄せてみた。光は困ったように一瞬身を固くしたが、やはり抵抗はしなかった。 「さ、もう寝よう」  悠司は静かに言って、すぐに腕を解いた。  さて、明日はどうしようか。ユイは出てきてくれるだろうか。ぼんやりと色々考えているうちに、やがて睡魔が襲ってきた。

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