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第19話 隠し事
「何、あんたの隠し事ってそれか。菫子産んだ相手はどうしてんの? まさか悠司とまだ続いてんの」
急に口調の変わった光に、悠司はちょっと面食らった。
アオイだ。
彼にシフトするほどショックだったのだろうか。やはり告げない方が良かったのだろうか。思わず重たいため息が漏れた。
「ちょっとさあ、次のサービスエリアで停まってくれる? ドライバー相手にぐたぐた言って事故られんのやだから」
「君、口悪いな……光くんの顔でそういう態度やめてくれ」
どうもアオイの横柄な態度が馴染めない。普段の光は、悠司に対してとても礼儀正しいし、ユイはユイで女の子らしく接してくれる。アオイも光の一部なのかもしれないが、どうもこの人格は好きになれそうもなかった。
仕方なく悠司は、サービスエリアに車を乗り入れた。
「……何飲む」
車から降りて自販機の前に立ち、コインを入れる。アオイは「んじゃこれ」と即決してアイス抹茶オレのボタンを押した。悠司もコーヒーを買って、その辺のベンチに二人で腰掛ける。
「んで? さっきの続き。相手とはちゃんと後腐れなく切れてんのか? もし面倒なことになるようなら、俺の提案は却下するから」
あっさりとそんなこと言われても困る。悠司にしてみれば、光自身に好きになってもらえるよう、努力している最中なのだ。
「何もないよ。心配するようなことは、一切」
光を光のまま抱いてみろ、と言われた時。最初は躊躇したものの、恰好こそ違えど結局は同じ体だ。
何よりそれを試した最初の夜、意識が光に戻ったにも関わらず、何故か彼は何も言わず、可愛らしく体を開いて悠司にすがりついた。悠司が光だと気づいておらず、中断させるのは悪いと思ったのかもしれないが、そんな姿なんか見てしまった日には、もう手放せない。
いとしい。
エロ親父とか言われても光を抱きたい。即物的かもしれないが、仕方なかった。所詮魂は肉体に支配されているのだ。
「妹ってことになってるのは、どういう経緯?」
アオイが疑問を口にしたので、悠司は少し苦虫を潰したような顔になる。
「言わなきゃ駄目か」
「言えないようなことか」
アオイの追及は容赦ない。なんなんだろうかこの男は。悠司は軽い眩暈を覚えて一度眼鏡を外し、掛け直した。
「……父の再婚相手が産んだから、戸籍上は妹だ。俺が15の時に妊娠が発覚した。……俺自身子供だったし、その時に父が……そういうふうにした。少し前に、離婚するって出てったけどね。俺ももう会うつもりはない」
「ふうん、悠司も案外エグいことしてんね。若気の至りってやつ?」
しらっと言ったアオイは、頬杖をついて少し考えるようにしてから、続けた。
「で、自分の娘と同い年の光とユイに、いっぱい恥ずかしいことしちゃってる背徳感とか、あるわけ」
「…………やはりまずいかな」
ざくざくとアオイの言葉が胸に刺さる。確かにその通りだ。
世間的に見たら、そういうのはあまり聞こえが良くない。それでなくとも16歳というのは、結構な年齢差だと、悠司自身感じてはいた。
アオイは少し自分の眉間をこつこつとノックして、言い淀む。
「実はね、真弥が……光のもう一人のお姉ちゃんなんだけど、自分の親父と同い年の男と結婚したんだけど、その時にだいぶ揉めた。今も尾を引きずってる。……悠司の意識次第だけど、もしそういう、同い年の子を手籠めにする快感? みたいなので手ェ出してんなら、」
「違う」
被り気味に強く否定すると、アオイが一瞬停止した。
そんなつもりではない。ただ好きになった相手が、たまたまそうだっただけなのだ。他意はなかった。
「――どうしよっか? あんたに光任せても、大丈夫なの?」
「心配するようなことは、本当に何もない。今は他の誰とも付き合ったりしてないし、遊びのつもりでしてるつもりもない」
アオイはじっと悠司の目を凝視した。真偽をはかるような視線にいたたまれなくなったが、かと言って目を逸らすのは負けるような気がした。悠司は強い視線をそのまま見返す。
冷や汗が出てくる。
先に視線を逸らしたのはアオイだった。
内心ほっとしたが、あまり顔には出なかった。
「本当に大丈夫だから、あまり口出ししないでくれ……それより、君が出てくるほど、光くんには受け入れがたいことだったのか?」
「は?」
悠司の言葉にアオイは何故か優しく微笑んで、その肩をぽんと叩いた。
「今はちょっと、俺が出やすい環境にあるって言ったろう。言うほどショックは受けてないから、気にするな。基本的に俺は、光が上手く生きる為に存在してる。光に害をなす物の排除が、俺の役目だ」
抹茶オレを飲み干して、アオイは立ち上がる。
「ま、俺自身が害をなすことも、あるかもしれないけどね」
「それは、どういう……」
気になる言い回しをされて、不安になる。アオイは複雑な笑みを浮かべ、続けた。
「愛莉のことは、俺の私情がだいぶ入ってるからな。たまに光の意思を曲げることがあったりなかったり。……この件については少し時間をくれ。絶対になんとかするから。俺だって愛莉には普通に幸せになってほしいんだ」
「……そうか」
「あと、夕飯はハンバーグな気分かもね。ちょっとワンクッションでユイに代わるからよろしくね。ユイと食事したっていいし。最後に純粋にユイとエロいことしてもいいし。今のうちに堪能しときなよ。明日から仕事でしょ、センセイ」
「あ、ちょ」
色々聞きたいことがあったのに、アオイは唐突に出てきて唐突にいなくなった。
宣言通りすぐにユイが出てきて、本当に申し訳なさそうに、呟く。
「悠司……ごめんなさい。あの子はああいうつっけんどんな言い方しか出来なくて……きっと、悪気は……多分……」
今にも泣き出しそうに言われてしまったら、悠司は頷くしかない。
「ユイはね、菫子ちゃん大好きだから、大丈夫。光も、ちょっとびっくりしただけだから、気にしないで。……言いたくないこと、言ってくれたんだよね? 勇気が要ることだよね」
「……ユイ」
「ありがとう。ユイは嬉しかったよ」
ユイはとても可愛らしく微笑んで、悠司の手をきゅっと握った。
それは悠司にとって、救いになる言葉だった。
(ユイのこういうところ、本当に好きだ)
気持ちを軽くしてくれる。
ずっと心の奥に抱え込んでいた問題を吐き出せて、きっと良かったのだ。これを言って駄目になるような関係なら、多分ユイを愛したりしなかったから。
「……悠司?」
今のユイは光の形を取っていた。
しかしだいぶ日も暮れて、周囲は薄暗くなってきたし、もし人に見られたら見られたで別にいい、という意識が勝って、悠司はその体をぎゅっと自分の方へ抱き寄せて、軽くキスを落とした。
腕の中で小さなユイが恥ずかしそうに俯いたが、けして嫌がっているわけでもなかった。
「そろそろ、行こうか……遅くなる。ハンバーグでいいの?」
「うん」
そうして神崎悠司の三日間は、幕を閉じた。明日からまた、動物病院での日常がやってくる。
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