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第20話 帰還
尚志には一週間くらい実家に帰ると言って出てきたのだが、結局悠司と別れたあとも、光は何日か実家で過ごしてしまった。思いの外時間が早く過ぎた気がするのは何故だろう。
眞玄の相談相手になりつつ一緒にカラオケに行ったり、愛莉にメイクの実験台になって貰っているうちに時間は経過し、いい加減そろそろ帰ろうとなった時には、トータルで十日間の留守になっていた。
別れ際、愛莉がとても寂しそうにしていたのを覚えている。
また来るからと言って実家を出て、来た時と同じように軽自動車を走らせて帰って来た。
母から二玉のスイカを貰ってしまい、冷蔵庫に入るわけもないので、一玉を途中尚志の家に置いてきた。少し話してから、光はようやく自分のアパートへ戻った。
今回の帰省は、なんだか疲れた。
しばらく帰りたくないというのが本音だ。成人式は本当にどうしよう。時期的にそろそろ決めておかないとまずいのかもしれない。
成人式と言えば、どこでやるのか悠司に聞かれた際、衝撃的な告白をされたのを思い出す。
(まあ、びっくりはしたけど、許容範囲)
そのあとユイが出てきて、光が言いたいのと似たようなことを伝えてくれたので、その場は収まった。
実際、勇気が要ったのだろう、と思う。
自分と付き合ってほしいと光に言ったのに、マイナス要素とも取れる発言をしたのだ。拒否されて駄目になる可能性だってあるのに、悠司は己を曝け出した。どうしてあのタイミングで言ったのか、光にはよくわからないが、多分ずっと心に引っかかっていたのだろう。
菫子のことがあるから、悠司は結婚など考えなくなったのかもしれない。もし結婚して普通に子供が生まれたとしたら、色々と複雑な家庭事情が出来上がりそうだった。董子はこのことを知っているのだろうか。デリケートな問題だけに、本人に聞くのは躊躇われた。
(だけど、ちょっと……先生になびいてきちゃってるかも)
光として抱かれていっぱい愛されて、大好きな甘い声で魅惑的なことを囁かれ、更に人間的に弱い部分を垣間見せられて、どうして心が動かないなんてことがあるだろう。何も感じないならそれは無感情な人間だ。
(だけど、それでも僕は)
尚志への煮え切らない態度を、まずどうにかしなければならない気がする。
尚志の家に寄った際、光の知らない男が部屋にいた。気を遣ったのかすぐに退出してしまったのだが、一体なんだったのだろう。
勿論それは気になる項目ではあったが、三日間悠司と濃密な時間を過ごしたにも関わらず、自分があっさりと尚志の唇で籠絡されそうになっているのも、なんだか嫌だった。
今夜いきつけの店で尚志と会うだろう。
少し自分を見直す機会だと思った。
女装愛好家が集う店アクロへ、ロリータの恰好で出向く。
既に尚志は酒を飲んでいた。光は一月生まれの未成年だから一切飲まないが、尚志は四月生まれなので既に成人している。弱いのに結構飲むのが好きらしくて、少し顔が上気していた。
柴田尚志は綺麗にデザインされたかのような筋肉をまとった肉体に、いくつものボディピアス、という非常に目立つ男だった。悠司より背も若干高くて、光と比べたら23センチもの差がある。
その気になれば女性にももてるだろうに、生憎尚志は生粋のゲイだった。
(ああ、もう……酔っ払ってる)
カウンター席にいる尚志の隣に腰掛けると、酔っ払いの彼は軽く声をかけてきた。
「よう。その恰好初めて見るなあ」
「……先生が買ってくれた」
「その言い方は光か」
ユイでないことを確認して、尚志はなんだか嬉しそうに、持っていたピニャコラーダの入ったグラスに口をつけた。
「なー、俺もなんかやろうか?」
悠司に何かを買って貰うことが、尚志は気に入らないらしい。急にそんなことを言われても、一応「友達」ということになっている男に、誕生日でもないのにプレゼントを貰う謂れはなかった。
そのことでぐだぐだとお互い言い募っていたら、彼の兄である繭がやってきて尚志を後ろから羽交い絞めにした。よくふざけてそうしているのを見かける。
尚志がじろりと繭を睨み付けた。
「いやあ尚志、こわあい」
「かわいこぶんな。離せって」
兄の腕を払うようにして、隣にいた光を逞しい腕で抱き寄せる。けれど、自然にされたその行為がなんだかとても恥ずかしくなり、光はその腕から逃れて他の常連客のところへ逃亡した。
(やっぱ僕、柴田のこと、好きなのかな……)
久しぶりにする会話が、楽しい。
勿論友達とする会話なのだから、楽しくても問題はないのだが、先ほど抱き寄せられてしまって、どきどきしたのは事実だった。
しかし、少し離れた席で他の客と雑談しながら、尚志が繭と話している会話になんとなく聞き耳を立てていたら、その内容にどうしてくれようかと思った。
結論から言えば、尚志は光の留守中、昼間彼の部屋にいた謎の人物と絶賛浮気中だったのだ。
(信じられない)
人のことは言えない。
光もそう思う。
けれど、それは光の想像していた、尚志好みの可愛らしい男、というのではなかった。
明らかに尚志より年上の、垂れた目が魅力的な、かっこいいと言われる方が似合う陽に焼けた長身の男だった。それが意外だった。
何故そんな男と、そんなことになっているのか不明だった。
嫉妬している自分に気づいていた。
本当は、尚志に抱いて欲しかったのだ。自分の気持ちを確かめる為に。
それなのに、なんだかんだでその日尚志は「勃たねえ」とか言って、光を抱いてくれなかった。八つ当たりやら嫉妬やらで頭に来ていて、つい「帰れ」と言ってしまった自分に嫌気が差した。
――尚志は別に、
自分でなくても、良いのかもしれない。
これまでも、複数の誰かと簡単に関係を持ってきたような男だ。
尚志は感性で生きている。
奔放で自由なあの男は、光の手に余るのだ、きっと。自分一人に縛られたりしないのが似合ってる。それでも友達だったら、そんなこと気にしないで付き合ってゆけるから。
好きだと思ってもそれは尚志には言えない。言葉が詰まる。
一人の夜は、なんだか久々な気がした。
実家でも一人で寝ていたことはあったはずなのに、どうしてそう感じたのか、よくわからなかった。なんだか無性に寂しくなって、うさぎのユイをケージから出して、自分の傍に置いた。光の手に撫でられて大人しくしている彼女は、たわわな肉垂を毛づくろいしながら寛いでいた。
それでも寂しさは埋まらなかった。
「先生……」
悠司に傍にいて欲しくなったが、曖昧な気持ちでそんなことを望むのもどうかと思った。
(柴田は、友達)
未だに「尚志」と呼ぶこともなく、「友達」を強調してきたのは自分自身だ。自業自得だ。体を開くことは出来ても、心が素直になりきれなかった。
目を瞑ると、たまに思い出す。
初めて尚志に抱かれた日のこと。
尚志に、というより、誰かにそうされたのが初めてだったから、それで単に忘れられないだけなのだ。
そう思おう。
そう思わないと、なんだか泣きそうになる。
(僕って自分勝手だな)
ぼんやりとそんなことを考えながら、光は眠りについた。
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