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第2話 再会
「うお、誰かと思った」
大きなスーツケースをがらがらと引きずりながらやってきた岸雅宗は、陽に焼けた肌が魅力的で、若干目立つ取り合わせの柴田兄弟に白い歯を見せて笑った。
「えー、しょうくん? 美人さんになったねえ。見違えた」
「写真メールしたじゃない。えーと、いちお名刺あげとく。良かったら遊びに来てね」
可愛らしいフォントで『繭 』と書かれた名刺を手慣れた調子で雅宗に渡し、尚弥はにこにこと魅力的な笑顔でほんのり首をかしげてみせた。
繭というのは、尚弥の勤める女装愛好家の店・アクロでの女の名だ。そこにいるスタッフで尚弥のように手術している人間は他にいなかったが、ママを除いてそこそこ綺麗どころが揃っている。
客も女の恰好をしていたり、していなかったりと、まあそういう店だ。
対外的にやばい仕上がりになっている女装客はいるが、そういうのもアリだった。所詮は束の間の虚飾だ。楽しければ、それで良い。
「早速営業ですかあ。じゃあ、今夜か明日くらいにお邪魔するよ。俺好みの可愛い子、いる?」
「雅宗の好みねえ……どうかな?」
「俺は結構キャパ広いよ」
軽快に笑って、雅宗は名刺を丁寧に胸に仕舞った。
雅宗は183センチある尚志よりも若干目線が下にあるが、長身の部類には入るだろう。
趣味の筋トレで培った、逞しくも美しい男の肉体を持つ尚志に比べたら細身に見えるものの、軟弱というわけではない。それなりにいい体をしているし、優しそうな造りのたれ目気味の顔は男前だ。
健康そうな小麦色の肌をしていることもあって、妙に浜辺が似合いそうだった。陽射しに傷んだのか、以前は黒髪だったのが、尚志ほどではないにせよ若干色抜けしている。
(昔はもっとインテリっぽかったのに)
二、三年会わなかった間に、雅宗は変化していた。だがそれはきっと、向こうも同じことを思っているに違いない。
尚弥と同級生だから、今年で25のはずだ。尚志より5つ年上になる。
尚志は少しそっぽを向いて、雅宗と目を合わせないでいた。彼の視線が尚弥から自分に移行したのは気づいていたが、こちらから何を言って良いのかわからなかった。
「随分とまあ、成長したな。最後に会った時は、俺のが若干でかかったよね、確か。素晴らしく逞しい体になってくれちゃって。――尚志くん、今、ハタチだっけ?」
「……まあな」
面白そうに尚志を見つめる雅宗に、逸らしていた目を渋々戻す。
(尚志くんとか言うんじゃねえ。気味わりぃ)
ベッドでは呼び捨てにしていたくせに。
……尚志。
尚志。可愛いな、君は。
ふと、昔言われた科白が頭を過ぎり、アイブロウのピアスが微妙に動いた。
また不機嫌な顔になってきている。
どうもいけない。尚志は外見のわりに、普段は穏やかな性格をしている。誰かに敵意を向けたりすることはあまりない。
勿論、雅宗に敵意を向けているわけではない。
ただどうしても素直になりきれない。ちゃんとした終わりがなかったのが、良くなかった。
(終わりも何も……)
別に付き合っていたわけでもなかった。たまに寝ていただけの話だ。気にする必要などない。そうも思う。
昔のことじゃねえか、と尚志は心の中で呟いた。
尚志を可愛いと言う人間はあまりいない。可愛らしい路線ではない。顔の造りのことを言われているわけではない、きっと。
じゃあなんだ。
(何が「可愛い」だ)
雅宗に何度も言われて、それ以後尚志にとって「可愛い」はNGワードとなっている。
誰にもそのように思われたくない。自分は可愛くなどない。今の尚志を見ても、雅宗はまだ可愛いなどと言えるだろうか。
今も、抱こうなどと思えるだろうか。
17の時は確かに、雅宗よりは小柄だった。しかしあれからだいぶ身長も伸びたし、筋肉だって増量した。あの頃はまだピアスもそんなに開けていなかった。
絵のモデルになって貰ったのが、親しくなったきっかけだ。
元々尚志はゲイの自覚があった。むしろそれ以外の何者でもない。
多少好みと外れても、雅宗と寝ることに抵抗はなかった。それが攻める側であるなら、という条件つきだが。
やはり多少なりと顔の造作は関係する。雅宗は良い男だったし、あまり相手の性別にこだわらない人間だった。
だから、寝た。
10代だったし、今よりずっと性欲が強かった気はする。
(尚志)
優しく呼ぶ声。
甘く囁く声。
目を開けたままするキス。
すごく丁寧な時もあれば、乱暴な時もある不安定な抱き方。体に刻まれた、過去の記憶。
(――何反芻してんだ、俺は)
今更こんなこと思い出しても意味はない。
内心は口にせず、尚志は短く会釈した。
「岸さん、元気そうで」
尚志「くん」呼びに対抗してわざと苗字を強調して言ったのに気づいたのか、雅宗は苦笑いする。
「とりあえず、どっかでお茶でも飲まないか?」
それ以上尚志の深いところへは入り込もうとせず、雅宗がさらっと言うとスーツケースを引いて歩き出す。尚弥はどこか奇妙な空気に触れたような表情をしたが、やはり具体的なことは言わずに突っ立っている尚志の逞しい腕を引いた。
「ほら運転手、行くよ」
来なければ良かった。
そう思ったが、どうなるものでもない。
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