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第4話 ママの悪戯

 返してもらったスイカのカクテルを飲みながら、相変わらず尚志の隣に腰掛けている雅宗をちらりと見る。先ほどからさわさわと尚志の体を触りに入っていた。 「……あのさあ。何触ってるんだよ」 「酔っ払いのすることだ。気にすんな」  その手を払うことは出来たが、なんとなくされるがままになってげんなりと尋ねるが、雅宗に悪びれる様子はない。 「余計な肉とか全然ないな。どんだけ鍛えてんの」  シャツの上からなぞっていたが、やがて雅宗は遠慮のかけらもなくべろんとそれをたくし上げ、鍛え上げられた腹筋を直接確認した。 「ほうほう」  ふざけた調子で腹を見つめるその表情には、感嘆の色が見て取れた。カウンター越しにそれを見ていたママが、やはり雅宗と同じような目を向けて濁声を上げる。 「凄いわぁ、いいわぁ、抱かれたいわぁ」  自慢の肉体を褒められて嬉しくなるが、ママを相手にするのは尚志的にちょっと無理があった。  体を触られるのは、嫌いじゃない。見られるのも。自信があるから。  しかし尚志に露出癖はなかったので、たくし上げている手を握ってすぐにシャツから外させた。 「ここで脱がせんな。みっともねえ」 「……そう」  何故かにやっと口の端を歪め、雅宗は大人しく手を下ろす。その様子をうしろの客席から見ていたらしい繭が、こちらに歩いてきた。 「なーにやってんの。仲良しじゃなあい」  むにゅ、と尚志の背中に繭の柔らかい胸が当たった。体毛のない綺麗な腕が弟の首をホールドしている。  ちっとも嬉しくない感触に顔をしかめて兄を抗議の目で見るが、更にがっちりホールドされた。 「おー、いいなあそれ。俺にもしてよ、しょうくん」 「ここでその名前は出さなーい」 「はいはい、悪かったよ繭ちゃん」  軽く言って腰を上げると、雅宗はあっさり尚志を放って違う席にいた綺麗目の客に声をかけた。  あまりにもあっさりしすぎて、肩透かしを食らう。もっと絡まれるかと思っていた。 (なんなんだ、一体)  また顔が不機嫌になってきている。「外見に似合わず穏やかな柴田くん」として通っているのに、こんな顔をしていては台無しだ。アルコールが入っても少しも落ち着かない。そもそも、どうして雅宗がいるかもしれないとわかっていたのに、ここに来たのだろう。 (……常連だから)  確かに常連ではあるが、尚志は別に女装している男に興味があるわけではなかった。単に兄がここに勤めているから、というだけの理由で来るようになったのだ。  光のように可愛らしいのは別として、どこかに無理がある仮初(かりそ)めの女たちは、若干不気味だ。  人の趣味はとやかく言わないが、もっと男であることに誇りを持っても良いと思う。  女の恰好をするのが好きならしてもいい。脱いだら男だし、抱き心地が良ければそれでいい。  けれどベッドの相手を探すのであれば、もっと別の場所の方が良かった。そういう店はいくらでもある。 (あー……こんなこと考えてるって知ったら、光嫉妬とかしてくれるんかな)  今まで彼に、そういった素振りを見せたことはなかった。  惚れさせるつもりなのだから、他の誰かとそうなることに抵抗がないなんて考えている尚志の内心は、一応伏せておいた方が得策な気がした。  打算的だ。  自分から進んでナンパしようとは今のところ思わないが、誘われて、それが好みだったりしたらきっと躊躇なくベッドを共にする。光とこうなる前も、そうだったから。 (雅宗と……ヨリ戻したがってたり?)  まさか、と尚志は無意識に首を横に振る。  仕事とは言え、自分を放置して、何も言わずにいなくなった男だ。雅宗が何の仕事をしているのかは特に聞いたことはなかったが、一言くらいあっても良かった。  そうすれば、引きずったりしなかった。――多分。 「くそう」 「やあねえひーくん。今日はえらく御機嫌斜めじゃない。もう一杯いっとく?」 「キツめのくれよ」  甘いスイカのカクテルをぐっと飲み干して、尚志はママにグラスを突っ返す。  困った笑みを浮かべた悦子ママは、それでも「はいはい」と返事をして、何かを作ってくれた。 「ユイちゃんには秘密にしといてあげるから。こう見えてママ、口は固いのよぉ」 「……あ? 何が」 「さっきのちゅー」 「……ああ。うん、そうだな。秘密にしといてくれる、とりあえず」  尚志は髪をばりばりと掻いて、新たに差し出されたグラスをばつが悪そうに受け取った。  さっきのキスは、なんだったんだろう。  単に酔った勢いだろうか。相変わらず目を開けたままだった。尚志もキスする時目を閉じたりしないから、目が合うことこの上ない。 「なーママ。一般的にちゅーする時ってなんで目ぇ閉じるんだろう? 俺ずっと疑問でさあ」 「さー? なんでかしらね。考えたこともないわぁ。マナーとか?」 「俺は閉じたりしねえよ」 「気まずくないの、それ?」 「別に……、ってぇ」  グラスの中身を勢い良く飲んで、尚志は軽くむせた。キツめとは言ったが、確かにリクエストどおりの物が出てきたようだった。しかし今更薄めてくれとは言えないので、それをまた口に含む。喉を落ちてゆく感触が熱い。 「無理すんな、若者ぉ。やめとく?」  それを見てママが面白そうに笑った。どうやら悪戯をしてくれたようだ。尚志は意地でグラスを離さずに、ぶんぶんと首を振った。 「いや全然。全然オッケー」  まだ酒が飲めるようになって数ヶ月の若造相手に、こんな仕打ちをするなんて人が悪い。けれど不機嫌をどうにかするには、このくらいが丁度良かった。

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