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第7話 籠絡

「うっわ」  タナボタ的に尚志の部屋まで湊を連れてくることに成功したのだが、絵の具臭い乱雑な空間に踏み込んだ時、なんだかぎこちなかった彼は目を一点に集中させた。 「え、何」  そんなにうわとか言われるほど散らかっているだろうか、と尚志はほんのり後悔したが、視線の先を追って放置してあったスケッチブックにぶち当たった。湊が見ているのは、昨日描いていた鉛筆画だ。 「先輩、どうしたあ?」  立ち尽くしている湊の肩に触れて、静かにドアを閉める。これからどうやって料理しようとか考えている内心は一応顔に出さず、床に落ちている雑誌や服を拾い上げて端に寄せる。  初めて寝た男は、やはり年上だった。  尚志好みの可愛め路線で、ぱっと見無垢な感じだったのに、実際寝てみたらエロス全開だったのでそのギャップにやられた。けれど相手は「年下をつまみ食い」的なニュアンスだったようで、何度か寝ただけで長くは続かなかった。残念だが、仕方ない。  好きになったら駄目だよと、最初に釘を刺された。  だから、好きにならないようにした。体だけの関係だ。 (先輩は、どうなんだろう)  初々しい感触だったが、予想を裏切って既に誰かのものだったりするのだろうか。別にそれでも良かった。誰にでも初めては一度きりしかないし、回数など関係ない。だがまだ誰のものでもないなら、それはそれで嬉しかった。 「ね、柴田はさ……どういう方向性を目指してる?」  くだらないことを考えていたら、湊にいきなり問われたので尚志は返事するまでに間が開いた。 「あー、と……何の話?」 「絵だよ、絵。これ、綺麗だね」 「ああ、貝」  なめらかな螺旋を描く貝殻。ぐるぐると内から外へ向かって渦巻く鉛筆のラインは緻密で、リアルなのにどこか非現実的だった。  貝は、好きなモチーフだ。以前海に行った時に何個も拾ってきて、スケッチ用にと箱に放り込んである。 「見ていい?」  湊は尚志の返事を待たずにスケッチブックを拾って、ぺらりとめくる。前のページも貝殻。その前は太い幹からうねりながら伸びる枝葉、葉脈の細部などが描かれている。 「こういうの好きなのか?」 「ああ……わりと。俺フラクタルとか好きだから。面白くね?」  すっかりタメ口になっているが、湊はそのことについて指摘するのはもう諦めたようだった。  絵を見せるために連れてきたわけではなかった。下心満載だし、湊もわかっているはずだ。尚志の絵を見つめている湊を背後からぎゅうと抱き寄せて、その手からスケッチブックを奪う。急に尚志の腕の中に閉じ込められてしまった湊は、困ったように首を動かして視線を向けた。 「さっきの、続き」 「……性急だな、おまえ。別に僕は、そういう……」 「部屋に上がったくせに」  にこりと笑んで、湊のベルトを手慣れた調子で外しにかかる。制服のズボンのジッパーを静かに下ろされて、腕の中で湊が身を固くした。 「柴田、あの……。なんか、違うような」 「何が?」 「おまえ、僕のことどんなふうに見てる?」 「……どんなって、可愛いなって。んじゃ先輩は? 俺とどうしたいと思ってる?」 「ど、うって……」  逆に質問されて、湊は沈黙する。どきどきしているのがわかる。嫌がっているわけではない気がする。 「俺をオカズに、抜いたりしてね?」 「――な、何言って」  かっと熱くなった顔を尚志から背けて、湊は腕から逃れようとした。直球すぎたかもしれないが、多分図星だ。こんな反応するなんて、肯定しているのとそう違わない。違ったら引くだろうし、そもそもここまで赴いているわけだから脈がないはずがない。自意識過剰だろうか。 「俺はあるよ、先輩オカズにしたこと。……怒る?」 「………………怒らないけど」  耳まで赤くなってきた。どうやら自意識過剰ではないようだ。熱を持った耳朶をうしろから甘噛みして、ゆっくりと舐める。ぷちぷちとシャツのボタンを外していたら、湊の手が尚志の腕を強く掴んだ。その手のひらは汗ばんでいた。 (緊張してる)  可愛いなあと思って、下ろしたジッパーの隙間から覗いた下着にそっと触れた。握っている湊の手が、また緊張に強張る。 「柴田……っ、なんか、当たってる」 「なんかって?」  湊の腰の辺りにわざと自分を押し当てながら、尚志はそ知らぬふりをした。あえて下着の中に手を入れることはしないで、その上から湊をなぞり、自分でするようにこすってやる。微かに震えている。 「気持ちいい?」 「……知らないよ」 「ここまで許しといて、先輩意外と強情だな……滲んできてるけど?」  尚志の手の動きに反応して、じんわりと下着が濡れてきていた。それでも湊は肯定の言葉を吐いたりはせずに、体だけは尚志に預けている。体みたいに素直になればいいのに、と内心呟いて、素直にさせてあげようかと硬くなったところを包み込むように更に愛撫する。 「……柴、田っ、駄目、やだ……」 「そんなやらしい声で嫌がられても。……ああもう、めんどくせえ」  呼吸が乱れ、うわべだけの言葉で嫌がる湊にいい加減じりじりしてきて、その体をベッドに引っ張り込んだ。 「このままじゃ服汚しちまうから、脱がせてやるよ。……ほら、もう、発射寸前。先輩敏感だな」  自分の下に引き込んだ湊の目は今にも泣き出しそうに潤んでいたが、その表情はむしろ誘っているようにさえ見えた。 「泣かせてやろうか?」 「……やだ、怖いよ柴田」 「可愛いな。初めて?」  震える唇をぺろりと舐めて、半端に脱げかかっていた服を脱がし始める。恥ずかしくて仕方ないらしい湊は、自分を暴いてゆく尚志から逃れるように目を瞑った。 「柴田、僕のこと好き?」 「……好きだよ?」  本当はまだよくわからなかったが、こんなに可愛らしく怯えている湊を前にして、わからないなんて言うのは明らかに考えなしのやることだった。こんなおいしい場面を逃すようなヘマをするのは、非常に口惜しい。 「抱かせて?」  新雪を汚すのは、ほんの少しの罪悪感と、それ以上の快感がある。湊は無言だったが、薄く目を開いて尚志を見て、小さく頷いた。

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