14 / 50

第14話 鉢合わせ

 湊と外で待ち合わせをするのは初めてのことだった。これってデートか? デートだよなきっと、などと内心ぐるぐる考えながら、柄にもなくそわそわして、尚志は昨日の晩自分の耳にニードルでホールを開けてしまった。よく自分でそんなこと出来るよね、と尚弥は痛そうな顔をするが、こんな痛みは慣れだし、曲がって開けたことなどない。 (あー……ラブレット開けてえ)  試してみたいピアスがあるが、さすがに顔面になんて開けたら学校側にも親にも指摘されるだろう。一応高校を卒業したらの楽しみに取っておく予定なので、今回はへリックスに小さいのを一つだけだ。あまりごてごてしたデザインは好きではないので、シンプルなリングを選んだ。 「いい出来じゃねえ?」  鏡面の柱に映り込んだ己の耳に付いた真新しい輝きのピアスを見て、誰も聞いていないのに尚志は思わず小声で自画自賛した。  湊はまだ来ていない。手持ち無沙汰で駅前に突っ立っていたら、背後からぽんと肩を叩かれた。反射的に振り向いて、思わず眉を寄せる。 「……わー、超古典的」  尚志の頬に、肩を叩いた人物の人差し指がめり込んでいた。その指を掴んで邪魔臭そうに払う。 「や、奇遇」  背後にいたのは湊ではなかった。払われた手を挨拶の形に上げ、紙袋を提げた雅宗が立っていた。電車から降りてきたところのようだ。たくさんの人ごみの中、後姿だけでよく尚志だと認識出来たものだ。もし人違いだったらどうするのだろう。 「誰か待ってるの?」 「まあな。……やけに、大荷物じゃん?」  何気なく紙袋に視線を落とし、指摘する。どこかの店のロゴが入った袋を三つ提げており、非常にかさばっている。雅宗は少し眉をハの字にさせたが、すぐに取り繕ったような笑みを見せた。 「ちょっと、人にあげる服買ったもんだから。自分の服選ぶより大変だよなあ、こういうのって」 「女? 男?」  聞かなくても良いはずなのに、尚志はつまらないことを聞いてしまった。先日雅宗に言われた妙なことが、一応気にはなっている。服をあげるような相手がいるなら、何故あんな誘いをかけたのだろう。 「さー、どっちかな。気になる?」 「――別に、なんだって良いけど」 「尚志くんにもなんか、買ってあげようか?」  耳元に顔を近づけて、意味ありげに囁かれた。吐息がかかって背筋がぞくんとする。開けたばかりのピアスに気づいたのか、雅宗が痛くないようにそこをなぞった。 「ちょっと赤いね」 「触んないでくれよ。まだ落ち着いてねえんだから」 「ああ、ごめん」  名残惜しそうに指を離し、代わりなのかなんなのか尚志の頭をぐりぐりと撫でた。 (……またか)  何故雅宗に頭を撫でられなければならないのだ。どうにも彼の行動は良くわからない。触りたいだけか。 「そういえば、この前の提案、あのあとちゃんと考えてくれた?」 「……この前って」 「いろんなこと、いっぱい教えてあげるよ。それとも、俺みたいのは嫌い?」  嫌いだなんて否定されると思っていないような余裕のある表情で、尚志の唇をちょんと指で触る。さすがにここではキスなんてしないらしいが、これだって充分怪しげな行動だ。  確かに雅宗は断るにはどこか惜しい色男だ。たれた目尻が意外と魅力的で、服のセンスも良い。持っている紙袋の中身は、一体どのような物を選んだのだろう。男より女の方が雅宗には似合う気がする。無意識に視線を落とし、再び見た袋の中から柔らかそうな明るい色の布地がちらりと覗いていた。どうにも女物臭い。 (バイなのか……?)  一体何を教えてくれる気なんだろうと、不覚にも気になる。無言で考えている尚志に、雅宗は軽く続けた。 「そいや尚志くんショタ専なんだってね。しょうくんが言ってた。キャパ狭いとか思わない?」 「――そういう意識はねえけど」  一体尚弥は雅宗と何を話しているのか。人の好みなんてどうだって良いではないか。尚志としては、ショタ専とひと括りにされるほどではないと思っている。ただ、よりおいしそうだなあと感じる男に、そういうのが多いだけの話だ。別に、専門というわけではない。キャパが狭いなんて言い方をされると、なんだかむっとする。 「……なあ、雅宗って、どっち?」 「どっちって?」 「(タチ)(ネコ)と」  非常に重要なことを尋ねた尚志に、雅宗はにやにやと楽しそうな笑みを見せた。 「どっちでも。……俺とエッチする気になった?」  しかし尚志は答えることが出来なかった。  がつっ  いきなり膝の後ろを蹴られた。 「いっ…………ってええぇ」  何をするのだ。誰がこんな無体な真似をしたのかと、ちょっと涙目でがっつり振り向くと、湊が不機嫌そうに立っていた。雅宗も突然の展開に目をぱちくりさせている。 「なっ、先輩っ。何蹴り入れてんだよいきなり!」  いつの間に尚志の傍に来ていたのだろう。確かに待ち合わせの時間ではあるし、そろそろ来ても一向におかしくない頃合ではあったが、そんな息を潜めて背後に忍び寄る必要などないだろう。 「……なんか、話し込んでるみたいだったから、終わるまで待ってたんだけど」 「え……!?」  もしかしてさっきまでの雅宗とのやり取りを逐一聞かれていたのだろうか。ちょっと冷や汗が出る。しかし尚志は明確な返事はまだしていないし、蹴るようなことだろうか。 「もう、帰る。……蹴ってごめんね」  ぷいとそっぽを向いて、湊は足早に歩き出してしまった。しばし呆然としていたが、 「追いかければ?」  言われなくても今追いかけようとしていたところだ。心の中で呟いたが、湊の後姿はかなり遠ざかっていた。

ともだちにシェアしよう!