19 / 50

第19話 合意の上

 雅宗の舌が耳の穴をゆっくりとなぞる慣れない感触に、わき腹の辺りがぞくぞくした。両手首を握られたまま体勢を変えられて、完全に上に乗られてしまった。抵抗しようとしたが、なんだか力が抜けてしまって上手くいかない。 「み、……耳舐めんな……っ」  尚志にとって耳は音を聴く為とピアスを開ける為だけのものであって、今まで気づく機会がなかったが、どうもここを攻められると弱い。そもそも尚志は自分の意思で相手の体を好きにするだけで、何かをされることはあまりなかった。  体をよじって雅宗から逃げようとするが、耳朶を甘噛みされて吐息を吹き込まれ、またぞくんと反応してしまう。 「耳、嫌い? 平気だよ、ピアスんとこは痛くしないから」 「……てゆーか! 俺は、あんたとするなんて言った覚えないけど」 「まんざらでもなさそうだったくせに。んじゃあ、やめる? ……ああ、でも体はやめたら可哀想な感じだ。反応いいねえ、尚志くんは」  にやりと口元を歪め、片手を外して尚志の下着を半ばまでずり下ろす。慣れないシチュエーションに何故か欲情してしまった逞しいものが、下着の中から頭を覗かせた。指先で割れたところを軽く撫でられ、尚志は一瞬顔に血が昇る。 「――濡れてる」 「や……めろって」 「ぅお」  なんとか逃れた片方の手で顔をぐいっと遠ざけられて、雅宗は苦笑いした。それほど痛くはない拒絶。もっと強くしたら良かったかとも尚志は思ったが、実を言えば雅宗の愛撫はそれほど嫌ではなかった。 (嫌じゃ……ねえけど)  それでもすんなり受け入れることはなかなか出来ない。  こんなのはされた試しがない。雅宗以外にもそれとなく誘われたことはあるが、タチの男に興味なかったし、受け入れたことはなかった。 「俺が尚弥に言うとか……考えないんかよ」  言われて雅宗はきょとんとした表情を浮かべた。まるで予想していなかったらしい言葉に、けれどすぐに気を取り直したのか、体を割り込ませて華奢とは程遠い尚志の引き締まった脚を強引に開かせる。  全然やめる気がなさそうな相手に、湊を抱いた時とはまるで違う、わけのわからない緊張が尚志を襲った。じわりと手のひらに汗が滲む。 「十中八九、君はそんなこと言わないと思うよ。それに言ったところで、しょうくんは『ふーん』で終わりじゃないかな」  至近距離で囁かれ、わざと音を立ててまた耳の穴を舐められた。ぞわりと肌が粟立ち、小さく声が漏れる。尚志は微妙な顔をして口元を押さえた。なんて声出してんだ、と自分が恥ずかしくなる。 「それとも……怖い? こういうのは」 「……別に」 「怖いんなら、やめてあげてもいいよ?」  不必要に優しい笑顔を向けられて、尚志は仏頂面で沈黙した。  怖いなんて、言えない。  今感じているこれが恐怖なのだとしたら、半ば強引に己の意思を貫いて湊を自分のものにしてしまったことに罪悪感を覚えそうな気がした。  彼は、怖かったのだろうか。  わからなかった。  はっきり好きだって意識していたわけでもないのに抱いた。彼の気持ちなんかより、その場の性欲を優先させた。  自分の下で少し大人しくなった尚志のもう一方の手をほどいて、雅宗は半端に下ろしていた下着を完全に脚から抜いた。ぷつん、と自分の着ているワイシャツのボタンを外す。 「その沈黙は、承諾したってことでOK?」 「……さあな」  雅宗の視線から逃れるように、尚志はぷいと横を向いた。  上に乗ってしまってから、雅宗は「はっきり拒絶してくれたらいいのに」と心の奥で考えていた。  これは話を逸らす為だけの単なる座興だ。  尚志に描かれたくなかった。深いところまで抉るような目で見つめられるのが耐えがたかった。中断させる上手い言い訳が考えつかなくて、うっかりこんなことになったが、勿論拒絶されなかった場合は、そのまま続けるつもりだった。  友達の弟に、手荒な真似をするつもりはない。強姦まがいの行為をするつもりもない。尚志が描くのをやめて、雅宗に「帰れ」とでも言ってくれたら、それで良かった。  こんなことをするつもりで来たわけではなかった。 (だけどなあ……)  意外と可愛い反応を見せる尚志の拒絶は、どうにも雅宗を停止させるには弱い。雅宗の「好意」に便乗して「怖いから嫌だ」なんて反応されたらもっと可愛かったのだろうが、尚志がそういうことを言えない性格だということは、なんとなく知っていた。 (怖いなんてみっともなくて言えないよな)  まあいいか、と声に出して呟いて、勃ち上がった尚志をのんびり口に含んだ。じっくりと嬲るように舐め上げてやる。ちらりと尚志の顔を見たら、じっと自分を舐めている雅宗を見つめている視線とぶつかった。 「見てんの、好き?」 「……舐めんの、上手いなと思って」 「伊達に遊んでないからな。……ここ、指いい?」  指を奥の方に伸ばして、まだ固く閉じているくぼみを優しくなぞる。人に触られたことなどないところを雅宗に弄られて、びくんと反応する。尚志は嫌そうに視線を外した。 「…………」 「だって俺の挿れんだからさ。痛くないようにゆっくり開発してあげる。やっぱやんなきゃ良かったなんて思われるの癪だから」 「や……っぱ、やめない?」  今更ながらの尚志の提案に、雅宗が首を縦に振ることはなかった。  もう遅い。  そんなところまで人の目に晒したことはなかった。  普段はけしてあらわにしたりしない奥の方を這う感触と、皮膚に触れる吐息が神経をちくちくと逆立てる。ベッドにうつ伏せにされて腰を持ち上げられ、やや強引にホールドされたまま先ほどから執拗に一点を攻められていた。  どうしてこんなことをされているのだろうと、あまり日常的には沸いてこない羞恥心がどこかからぷかりと浮き上がってくる。けれどそれでも抵抗は出来なかった。  体が、変に熱い。 「締まりのいいケツしてんなあ。実にもったいない」  躊躇いもなく攻めてくる雅宗は、更に奥まで侵食しようと親指を立てて皮膚を押し広げた。尚志はどうにも居心地の悪いこの状況がいつ変わるのかと、自分を味わっている男を肩越しにちらりと見る。 「な……しつこくねえ? もう、……二曲終わった」  部屋の隅から聞こえてくる美しいボーカルが、ことを始めてから既に三曲目に入っている。妙な声が出そうになって歯を食いしばる。  こんな自分は、直視出来そうにない。  尚志が直視出来なくても、雅宗の視線は自分に注がれている。 「尚志くん本当に今まで何もさせなかったんだ。男好きの男にとっては、君のヴィジュアルは需要ありまくりな感じなのに」 「……興味、ねえもん。俺は、攻めんのが、好きだから」 「ショタ好きだもんな、君は。もっと視野を広く持てばいいのに……だけど、ほら、穴弄られてるだけなのに、こっちまでぬるぬる」 「雅宗って親父くせえ……」 「ええっ? ひどいな」  微妙に傷ついた声色を出した雅宗は、前の方に片方の手を伸ばし、シーツに零れ落ちるほど先端からとろとろと伝ってくる蜜を手のひらで弄んだ。 「いい形してる……これで神饌(しんせん)をつまみ食いしたわけだ。罪だねえ」 「……は? シンセンて……何よ?」  意味がわからなくて聞いたのに、雅宗はそれ以上そのことについて触れるのはやめて、少し止まっていた動きを再開させた。  いつまでする気なのだろう。いい加減にそこばかり攻められると、体がうずうずして仕方ない。熱を持て余している。 「な……、もっと前こすって? 俺ケツは別に……好きじゃな……」 「両手は自由だろ? 自分でやってみ。俺は、こっち担当するから」  指の関節を曲げられて中を探られ、慣れない感覚にぶるりと体が震える。 「ちょっ、やめ」 「鳴いてみる?」  ゆっくりと出し入れされながらほぐされて、どうしようもなく良い場所を探り当てられてしまい、鳴きたくなんてないのに意味不明の声が漏れた。意味のある言葉にすることが出来ない。  何を言いたいわけでもない。  何を考えているわけでもない。  どうしてこんなことになったのかもわからない。 「可愛いな……尚志は」  雅宗が何か言ったが、良く認識出来なかった。無意識に自分のものに手が伸びた。自分の気持ち良いところは知り尽くしている。そう思っていたのに、こんなふうに中を弄られて、今まで味わったことのない、快感とも焦燥感とも判断のつかない何かが尚志をじりじりと追い詰めてゆく。  人にしたことはあっても自分でされたことはなかった。それがどんな感じだか、尚志は知らなかった。 (あれ……、やべ、イきそう)  最初は違和感のあった指に翻弄されている自分に気づいたが、もうどうでも良かった。  呼び捨てにされたことにも気づいていたが、それもどうでも良かった。  けれど達しそうだったところを強引に背後から手のひらをはがされて、尚志は潤んでしまった瞳で不服そうに雅宗を振り返った。 「俺のがまだ入ってない」  わざと音を立てて指を抜かれ、背後から雅宗の体重が尚志にかかってきた。  今CDは何曲目だろうか。  今何時だろうか。  俺は今何をしているんだろうか。  俺は今、何をされているんだろうか。  ほんの短い数秒の間に色々考えたが、じっくり指で犯されてびくびくと痙攣しているところに熱い先端が入り込んできたので、またどうでも良くなった。

ともだちにシェアしよう!