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第24話 へし折られたフラグ

 ここから歩きで家に戻るのはだるかった。体力的にどうというよりも、精神的にだるだるだ。 「なんつうか……」  夜道を一人歩きながら、尚志は嫌そうに呟いた。自分の馬鹿さ加減が際立って苛々する。  あんなことを言って、本当に良かったのだろうか。  嫌ならはっきりしろと湊に言った時、彼は迷ってはいなかっただろうか? あんな展開にしなければ、あのような返答が返ってくることもなかったのではないだろうか。  もう少し堪え性があれば、何かしら好転したのではないか、と今更ながらに思えてくる。  数分の沈黙。  足元を彷徨う視線。  秋の夜の涼しさ。  やけに静かな、人気の絶えた神社。人以外の何かの声が聞こえてきそうな、不思議な空間。金木犀の匂い。  あそこで二人きりだったのに。  雅宗は気を利かせたのだろうか。さっさと先に帰ってしまって、帰りの足もない。もしかして駐車場で待機してたりして、などとちらっと覗いてみたが、闇に馴染むグリーンの車体は跡形もなく消えていた。  近所だと言っていた。  今頃自宅に戻って風呂にでも入っているかもしれない。 (なんのつもりで、連れてきたんだか)  結局良くわからなかった。  考えていることが見えにくい男だが、それでも一緒にいるのはわりと心地好い。尚志に対して唐突なことをするので油断がならないのに、その唐突にまんまと流されている。  雅宗にとって、自分はどのように見えているのだろうか。  サカリのついたガキとか思われているのかもしれない。それを手玉に取って、いいように遊んでいるだけなのかも。 (別に嫌なわけじゃない)  嫌じゃないから、キスも拒まないし、それ以上のことも許容した。もし雅宗が尚志で遊んでいるだけだとしても、最初から恋愛感情が絡んだ関係ではない。尚志をそういう意味で好きで、その結果体を求めてきたわけでは、ない。そんな意味の言葉を告げられた覚えもなかった。尚志だって拒否しなかったのだから、その時点でそういう彼を受け入れているのだ。お互い様だ。 (誰かを好きでありたい)  ふと、足が止まった。  よくよく考えてみれば、自分は本当の恋愛をしたことがあるのだろうか。たった17年しか生きていない。そもそも本当の恋愛とはなんだ。わからない。  やりたいからやる。  可愛いからその腕に抱く。  気持ちいいから。 「…………」  わからない。  そもそも、最初がいけなかったのだろうか。  一番最初にそうなった男が、好きになったら駄目だと尚志に宣言した。だから好きにならないように努力した、気がする。好意は持っていたが、感情の深みに落ちるようなことはあえて避けたのだ。 (今よりもっとガキだったのに)  今思えば、かなり無理をしていた気がする。  駄目だと言われても、感情に任せて好きになれば良かったのか、と急に思う。割り切れないものを感じながら、冷たいことを言う男を自分なりに愛情を以って接したら良かったのではないか。……しかし考えてみたところで、今更どうなるものでもない。 (さっきから何考えてんだ……どんどんブルーになってきた)  自然にため息が洩れた。  無意識に止まっていた足を、再び踏み出す。  立ち止まっていても仕方がなかった。早足で歩きながら、また色々と考え始める。歩くしかすることがないので、つい考えてしまう。 (優しく、なる為の)  ……もっと、  湊に対して優しくなれたら良かったのに。  部室で絵を描いていた時のように、交わす言葉が少なくても一緒にいられたら良かったのに。  失くしたと思ったら、急に彼が恋しくなってきた。  今日した会話と言えば、ゲームオーバーの宣言だけだ。確実にバッドエンドだ。ハッピーエンドへの道はなかったのだろうか。どこかで選択を見落としていなかったか。  たとえば土曜の夜、電話をしていたらどうなっただろう。 (湊って、呼んでやったら)  そうしたら、フラグが立ったのだろうか。  こんなぎこちない関係から、違うルートに乗れたのかもしれない。遅いからとそれをへし折って、翌日になったら雅宗とあんなことになってしまい更に連絡を怠った。  学校でも、会おうと思えば会えた。部活に出てこなくても、湊の教室にちらっとでも顔を覗かせれば、何か進展があったかもしれない。それなのに、学校が終わってこんな夜更けにあの神社で初めて顔を合わせた。しかも雅宗同伴で。  極めつけが、あの短い会話。それでおしまい。 (俺って馬鹿?)  あれで良かったのだろうか。  良かった、とは思えない。  あれで、湊は今までどおりに戻るのか。そうだね、と固く呟いた彼は、どこか安堵したようでいて、寂しそうでもあったのに。  けれど口にしてしまった言葉は戻らない。今更さっきの科白を速攻で撤回するのも格好悪い。 (みっともね……マジ)  尚志は思い切り眉を寄せた。  もしかしたら自分は、あそこで拒否の言葉が出てくるとは予想していなかったのかもしれない。あんなふうに湊を試して、もっと自分に対して歩み寄ってくれることを願っていた、……のではないだろうか。  何か、変えたいと思っていた。  それがどんな変化でも、居心地のあまり良くない状態を変えられるなら良かった。それでも現状とはもっと違うふうに変わってくれた方が、良かった。 「女々しい……」  ぐるぐると巡る思考をその一言で終わらせ、尚志は歩く速度を早めた。  すっかり遅くなっていた。腕時計を見ると、もうすぐ針は9時を指そうとしている。雅宗と夕食を摂ってから神社へ来たわけだから、それなりに時間が経過していてもおかしくはないが、ぼちぼち帰らないとまずい。一本電話くらい入れておこうかとスマートフォンを鞄から取り出し、歩きながら自宅にコールしたら、ほどなく母が受話器を取った。 「今……帰り。あと二、三十分くらいかなあ」  回線の向こうで、駄目じゃないひーくん、高校生なんだからこんな夜遅くまで、とか小言をことこと言われているのを適当に受け流し、尚志は電話を切った。  なんだか更に虚しくなった。

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