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第28話 軋み
普段雅宗のウエストを締めているであろう革のベルトが、尚志の両手首をホールドしている。ぎゅっと締められたそれが皮膚に食い込み、少なからず痛い。割れた腹筋の上に落とされた自分の両手を見つめ、尚志は口元を引きつらせた。
「あのさあ……俺こんなことされなくても、抵抗しないぜ?」
何をするのかと思ったら、手際よくこんな不埒な行動を取られてしまい、困惑していた。雅宗は楽しそうに微笑んで、ごそごそと動いている尚志の手を大人しくさせるように軽く握った。
「怖いか?」
「怖……いってゆうか……雅宗、ほんとはこういうの好きなんじゃねえのか?」
「いやまさか。ただ君のリクエストに答えようと策を練ったら、こんな結果に。目隠しもする?」
「そこまでするか……っ?」
ものすごく嫌そうに返した尚志に、「じゃあそれはナシで」とわざとらしく残念な顔をして呟いた雅宗は、一体どこまでが本気なのだろう。早まった提案をしたかと、妙な焦りが尚志の中に生まれてくる。
「ちょっと脚開けよ。いいことしてあげる。小道具使うけど我慢」
「――え」
予想外の何かが尚志の中に入ってきたので目を見開いた。最初は微かな抵抗があったものの、ぬるぬるにローションを塗りたくったのか意外とあっさりと入ってきたそれは、突然尚志の中で小刻みに震え始める。
「なぁっ……なっ……何だよこれ!?」
「ん? ローター」
細いコードが雅宗の手の辺りのスイッチまで繋がっている。強弱を設定しているであろうダイヤルの上で指先が動いて、無情にも振動幅が更に大きくなった。びくびくと雅宗の下でそれに耐えながら、尚志は涙目で抗議の声を上げる。
「んっ……でそんなもん用意してあんだよ」
「バイブのが良かった?」
「ちっが……ぅ。変だよこの感じ。好きじゃね……」
「尚志の我慢してる顔、意外と色っぽいな」
とても楽しそうに笑んだ雅宗は、奇妙な振動に顔を歪ませている尚志の目を覗き込み、しばらく反応を見つめていたが、スイッチはオンのまま体を起こした。
「尚志。そのまま我慢して、俺の舐めて」
「ちょ……無理。これ抜いて」
「根を上げるの早すぎじゃないか?」
言われて、尚志は沈黙する。
確かに酷いことをしろと言ったのは自分だった。これくらい、我慢しなければ。そうも思うが、まさかいきなりこんな物突っ込まれると思わなかった。
(侮れねえよ……俺が甘かった)
自分の中で震えるローターに何故か下半身が反応しているのも驚きだったが、それはとりあえず無視することにして、雅宗の勃ち起がったモノを口に含んだ。
髪を優しく撫でられた。
息がすぐに上がる。
頭がぼうっとしてくる。
「涙、滲んでる」
可愛いものを愛でるような目で尚志を見て、雅宗はスイッチを離した手で瞼の縁を柔らかく拭った。
「い……っ、痛ぇ、痛いって」
ローターをやっと抜いてもらったそこは尚志の意思とは無関係にひくひく言っている。変な癖がついてしまいそうで不安だったが、ほっとしたのも束の間、すぐに唾液に濡れたモノが侵入してきたので再びびくりと痙攣した。
「だけど欲しそうじゃん、ここ」
「……おもちゃとは、サイズが、違うんだよ……っ」
「壊さないよ。……大丈夫」
そんなことを言われても。
壊されてしまうような恐怖が、たまによぎる。
尚志が楽にならないようにと、下半身の根元をぎゅうっと紐で結ばれている。解放したいのにそれが出来ないもどかしさ。思考を混濁させる熱い体。
悲鳴のようにぎしぎしと、ベッドが軋んだ音を上げる。
家の間取りがどうなっているのか知らないが、まさか隣の部屋に誰かいたりしないだろうか。声を上げるのは尚志としてはみっともなくて嫌なのだが、緩急の激しい、まるで先の読めないリズムで体を穿たれると無意識にわけのわからない声が漏れてしまう。
一度雅宗の挙動が変化して、自分の中に熱い物が注がれたのがわかった。それでも抜かれることはなくて、すぐに硬さを取り戻しては尚志を苛む。
(頭、変……やべえ)
ホワイトアウトしてしまいそうなのに、雅宗の体温が現実に引き戻す。
――ふと、
自分の上にいる雅宗の顔を仰ぎ見た。
(う……っ)
うっすらと汗を浮かべたその表情を認識し、意味不明の緊張感が心を支配する。思わず体が強張った。
――なんだろうか、この顔は。
気持ち良さそうなのに、苦しそうで、それだけだったら良かったのに何か違う物が混じり込んでいる。
(どんなこと、考えてんだろ)
何か違うことに心を奪われているような気がしてならない。尚志を抱きながら、一体その頭の中では何を考えているのだろうか。たまにぶつかる視線が、どこか遠い。
(なんか……怖ぇ)
ベルトで拘束された両手を雅宗の首の後ろに回し、その顔に自分の顔を近づける。苦しそうな尚志の唇が、無言の雅宗に触れた。
「……尚志」
はっと我に返ったように、雅宗が一瞬止まった。
尚志からのキスに驚いたというよりもむしろ、そこにいたのが尚志だったことに驚いているようにも見えた。
(誰かの代用品か? 俺は……)
そう思ったら無性に悔しくなってきて、小さく舌打ちする。尚志の内心にまるで気づいていないのか、雅宗からは何のリアクションも返ってこない。キスで止まった体は不意に何かに気づいたように、尚志からゆるゆると視線が逸らされて壁を見つめた。
白い壁にはカレンダーもポスターもない。何を見るというのだろう。はっきりしない頭で不審に思っていたら、雅宗の体が急に遠のいた。
今まで自分を圧迫していた質量がずるりと引き抜かれ、一度中に吐き出された生温い精液がぬるぬるとこぼれ落ちてくる。
(うぁ……変な感じ。中出しって苦手かも……)
まだ尚志は最後まで許してもらっていない。簡単に終わってしまったら「酷いこと」にならないから許容しているが、そろそろ根元を押さえつけているものを外して欲しかった。それなのに雅宗は尚志を放置して、いきなりその辺にあったバスローブを引っ掛け始めている。
「ま……雅宗……なあ」
尚志の声が聞こえていないのか、雅宗は振り返りもせずに部屋を出て行ってしまった。
「――マジでぇ」
せめて、この手首くらいは自由にして欲しい。放置プレイも雅宗の趣向に含まれているのだろうか。何をしに、出て行ったのか。どうしたものかと尚志は困惑する。
「ひりひりする……擦り過ぎだよ」
乱れていた自分の呼吸を整えて、耳を澄ます。
少し、耳鳴りがする。
雅宗の気配が、部屋の外で感じられた。
何かを話している声がうっすらと聞こえる。壁を隔てた部屋で、誰かと会話しているのだろうか。
(やべ……やっぱ隣いたんだ)
じわ、と冷や汗が滲む。おかしな声を聞かれてしまったに違いない。しかし雅宗の話し相手が誰なのか、耳に神経を集中させるのだが、一向にわからない。
(誰と話してんだよ……?)
今まで気にもならなかった時計の音がうるさく感じられる。体を持て余し、苛々と心が波打つ。
雅宗はいないし、手も自由に使えないし、どうしたら良いのだろう。
「くそ……なんなんだこの状況」
雅宗の相手が誰なのか確かめることも出来ず、尚志はベッドにごてんと転がった。縛られて他人の精液にまみれながら放置されている。客観的に見て、とてもみっともない恥ずかしい状態だ。自分から望んだことではあるが、いい加減早く終わりにして欲しい。頭が変になってくる。
どのくらいの間、放置されただろう。
不貞腐れて瞳を閉じていたら、やがてかちりと音がした。
「尚志」
静かにドアが開けられた先を見やると、雅宗が何事もなかったかのように突っ立っていた。
「悪かったな……うるさかっただろ」
(……何が?)
謝罪する雅宗の言わんとしていることが理解出来なくて沈黙していたら、転がっている尚志の上に再び乗ってきた雅宗が、下半身を締め付けていた紐をするりと解いた。
「こんなよだれ垂らして我慢して……少しは気が済んだかな?」
「……わりとな」
「あれ、足りてない? また縛っちゃおうか?」
「あっ、いやいや! 充分気が済んだ! 済みました!」
焦って首を振った尚志に柔らかい笑みを見せた雅宗は、手首のベルトも外してくれた。革で擦れた両手をぶるぶるとウォーミングアップするように振って、さする。
「赤くなっちゃったな……痛かったか?」
「ああ」
「ここも赤くなってる」
先ほど雅宗自身を受け入れていたところに、指が伸びる。雅宗と自分の体液で濡れた部分が、ひくりと反応した。指が入り込み、ゆっくりと中をかき混ぜられながら前の方も擦られて、
「……そんなに俺が欲しかったか」
ずっと我慢していた欲望が吐き出される感じがして、瞬間頭が真っ白になった。
虚脱感が尚志を襲い、そのままベッドに突っ伏した。
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