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第41話 謎の三日間
少しの間どう答えようか迷っていたら、答えに焦れた光はむっと顔を歪ませて尚志から逃げるように浴室の扉を乱暴に開けた。
「……おーい」
伸ばした手は引き止めることが出来ず、閉ざされた扉にぶち当たる。さっきまでこんな展開になるとは予想していなかったのに、お陰で少しばかり酔いが覚めた。尚志は仕方なく自分についた泡を流し、光の後を追った。言い訳しようにも名案はまるで浮かばないが、とりあえず行動するしかない。
「なあおい、怒ったのか?」
努めて明るい声で投げかけるも、返事はない。
さっき脱ぎ散らかした服はスルーして、勝手に棚からタオルを探って体を拭きながら、うさぎのユイをケージから出して無言で遊んでいる家主に近づいた。
「無視すんなって。な、こっち向いて」
背後から抱きすくめるように腕を回し、湯で火照った肌を押し付ける。光のほんのり濡れたうなじを手にしたタオルで拭い、速攻で着られてしまったシャツを探る。
「まだ湿ってんのに。湯冷めすんよ。ちゃんと体、拭けよ」
「そっちこそ、早く服着れば。フルチンで座るな」
ひくり、と尚志の口元が若干引き攣った。
あまり光の可愛い口から品のない単語が出てくるのを、実は尚志は好まない。しかしここはあえて指摘しないでおくことにした。なんとかこっちを向かせなければならない。
「なあ、十日分のエッチしねえの?」
軽く笑った尚志に、むくれた顔がぐるんと振り向いた。水分を含んだ光の髪から、冷たい飛沫が微かに飛び散る。
「今日の昼間、『コイツは光の中が好きー』なんて恥ずかしげもなく言ったくせに!」
「……ああ、言ったな」
飛んだ飛沫が目に入り、尚志はごしごしと瞼を擦った。
こちらを振り向かせるのには成功したが、やはり怒っている。さっき口にするまではそんな怒りは微塵も感じられなかったのに、一度言ってしまったらどんどんむかついてきたのだろうか。それとも言った後の尚志の態度が悪かったのかもしれない。怒っているというのは脈があるからなのだろうが、素直に喜んでいるわけにもいかないのが現状だった。
「あの人とどんな風にしたんだよ!」
「俺がおまえ以外とすんの、嫌なんか?」
「……て、ゆーか」
「なんでいきなり怒り出したん? ツッコミ入れる機会、ありまくりだったのに」
一緒にここに来るまでの間だって、いくらでもそのことについて触れる時間はあった。風呂に入る前だって、言おうと思えば言えた。
「だ……だから、聞かないふりしてるか、言うべきか迷ってたんだ。それに僕は、別に怒ってない」
「怒ってんじゃん。んで、怒ってんのは、俺はおまえのモンだーって、そういう意味?」
「ち、違」
指摘した途端、光がぱっと離れた。
「はっきり言えって」
自分以外とどうにかなるのが嫌だと言うなら、それを言ったら良いのだ。改善されるかどうかはさておいて、曖昧にはぐらかされるのは気持ち悪い。
(俺もはぐらかしてるか)
気持ち悪いのはお互い様か。
「ああもう、だりいな」
尚志は口元のラブレットをちょっと弄って、立ち上がった。
「な……なんだよ、だりいって。僕は悪くないよ」
「別に責めてねえし」
軽くため息をつきながら、尚志はしばらく留守で使っていなかった光の整ったベッドに腰を下ろした。それから少し考えるように目を彷徨わせた。
「最近おまえ以外に使ったりしてねえよ、俺のコレは」
「最近……て」
光の表情が訝しげに曇った。
「んじゃさっきの会話何だよ」
「あああれ……単純に昔のこと、って言ったら納得する?」
「そうなの?」
ほんの少し、曇った顔が明るくなった。しかし尚志はすぐに否定する。
「いや……違うけど。……半端にバレてからはぐらかすのって、俺苦手だからさ。この際ぶっちゃけちまうけど」
一旦言葉を切って光を見た。
(可愛い顔しやがって)
その顔を一喜一憂させているのが、困った事態なのに嬉しくも感じられ、どうせならもっと困らせてやろうかなどと、よからぬ発想が浮かんだ。
「俺があの人に使ってんのは、バック。おまえもハメたことあんだろ」
ドン引きかな、と思いながらも、誘うみたいに少し脚を開いてそこに指を這わせた。
案の定、光の動きが止まった。
「――はっ?」
「おまえもまた試してみるか? 俺が乗っかって犯すみたいなんじゃなくてさ。おまえ主導でやってみる?」
「ばっ、馬鹿じゃないのか!?」
光の頬がかっと赤くなった。
尚志としては、別に光とそうしたいわけではない。ただ、以前光のもう一人の相手には絶対出来ないことをしてやろう、という理由から、光に対して了承もなく、一方的に上に跨ったことがある。あの時は光がびっくりしたのも手伝って速攻で終わらせてしまったのだが、短かったからと言ってよもや忘れるわけもないだろう。インパクトが強かったはずだから。
その後は、一度もしていない。
(だって苦手だもんよ)
光の前で甘えた声を出すわけには行かないから。
(雅宗の前では平気で出すけど)
何が違うのだろうと考える。
光の前では格好良くありたい。そんな姿なんて見せたくはないのだ。そんな一面を見せて、受け入れて貰えなかった時のことを考えているのだろうか、……違う、ただ格好つけていたいだけだ、と尚志は首を無意識に横に振った。
「あー……やっぱ引くか……だよな。うん」
苦笑いしながら、脚をあぐらの形に修正した。
光が引くのは、わかっていたことだ。
客観的に見たとして、自分が誰かに主導権を握られて抱かれる図というのははっきり言って面白くもなんともない。ましてや光との組み合わせでソレ、というのは正直どうかと思う。
(俺の体好きだっていう男は、わりといるけど)
光だってさっき尚志の体が綺麗だと、珍しく褒めていた。一緒に風呂に入りたくない理由として挙げただけのようだが、それでも嬉しいものだ。しかし、綺麗だからと言って尚志をどうにかしたいとは思わないのだろう。勿論、全然構わない。
……ただ、確かにそういう部分が自分に存在しているのも、事実だった。そして雅宗はそういう尚志を全面的に受け入れている。
(いやそもそもそういうふうにしたの雅宗だし……)
考えていたら、光がやっと口を開いた。
「柴田、それって上手く話の焦点をずらしたつもり?」
「ずらしてねえよ」
「もしかして柴田、逆のが好きだったの? そんで僕じゃ物足りなくて、あの人としたとかそういう?」
「や……そういうわけじゃ、ねえよ」
しかしこの話の進め方では誤解されてもおかしくなかった。光は眉を思い切り寄せて、再び怒ったような表情でベッドに座っている尚志を奥へと追いやる。
「邪魔。僕が入れないじゃん」
そう言って尚志の隣に陣取って、もぞもぞと布団に潜り始めた。追い出されるわけでもなくぴたりとくっついてくる光の行動を不思議そうに見ながら、尚志は無言で壁際に寄る。
「柴田が何したいんだか、僕には良くわかんない。でもまあ僕も柴田のこと強く言えない立場だし。だからとりあえず……」
「光?」
「十日分はヤだけど、とりあえずエッチしよっか。三日分くらい」
「……結構サバサバしてるよな、おまえ」
さすがに今日は何もなしかと思っていた尚志は、意外な言葉にびっくりしたが、すぐに気を取り直して華奢な体を抱き寄せた。
三日分というのは、何か意味があるのだろうか。
強く言えない立場というのはなんだろうか。先生との関係を言っているなら、尚志は心の奥底では気にしているものの、表面的にはあまり出していないつもりだ。
(……もしかして)
予定よりオーバーした三日間、やはり光は先生と一緒にいたのかもしれない。そんな仮説を立ててみたものの、今はそれ以上深く考えるのはやめた。仮説は仮説でしかない。
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