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第3話 お品書きにないもの(1)

 店内に通されて、注文するメニューが決まったので呼び鈴を押す。頼んでおいてくれと言って、浄善寺はトイレに行ってしまったのだが、すぐに御用聞きの店員がやってきた。  眞玄はその顔も見ずに注文を入れていたが、ふと何かを感じて顔を上げる。 「朔」 「……注文の続き、とっとと入れて」  気まずそうな顔をしたアルバイト中の遠藤朔が、端末を手に突っ立っていた。店の制服である紺色の甚平を着て、アッシュブラウンの髪を頭に巻いた手拭いで隠すようにしており、ピアスもすべて外している。  眞玄は予想外のところで朔に出くわした嬉しさで、思わず妙なことを口走る。 「えっとねー、朔が食べたい」 「お品書きにありませんから。……もういいなら、下がるけど」 「嘘嘘嘘。えー、続きね。あと、冷奴と焼鳥盛り合わせと、……」  眞玄はすぐにオーダーを再開して、手際良く端末に入力してゆく朔を見つめた。  朔が来た時、顔は見なかったし、多少マニュアル通りの応対を聞いたものの、それは普段と印象の違う営業用の声だった。それでも、「あ、朔だ」と顔も見ずに確信したのは、眞玄だけが感じ取っている、朔の「フェロモン」だった。  ぞくんとした。  体の芯を撫でられる感じがした。  眞玄が朔とどうにかなりたい、というのは、本当に本能から来る性的衝動だった。感情があとからついてくる感じで、実際本人もどうしたものやらわからない。 「ねー朔さあ、上がりは何時?」 「――ご注文承りマシター」  朔は質問に答えず、眞玄に背中を見せるとすたすた奥の方へ引っ込んでしまった。  頬杖をついて、その背中をじっと追う。ちょっとため息が漏れた。 (朔、俺のこと嫌い?)  そんなことないと、思ったのだが。  この前朔に大事な話があるとメッセージを送信し、返事を待たずにアパートに押し掛けて、ちょっと強引な態度でにじり寄った。その時の朔の表情は、困惑の中にも別の何かがあったから。  歯ブラシを口に咥えながら出てきた朔は、不機嫌そうに眞玄を出迎えた。 「……なんか用? てか、来るの早すぎじゃね」 「もう昼だし、一緒にメシでもどうかなって。弁当買ってきた」  来る前にコンビニに寄って、弁当とお茶とコンドームを買った。冗談ではなく本当に朔に使うつもりで、持参したのだ。そしてどうして来たのか明確な理由を告げないままに、部屋に上がり込む。 「勝手に上がるなよ」 「まあまあ。固いこと言うなって。大事な話があるって言ったろう。朔も歯ブラシ置いて、こっち座って」  朔がぶつぶつ文句を言いながら、洗面所に歯ブラシを置いてくる。結局は眞玄の傍に座るとちゃぶ台に肘を付き、じっとりと睨むように見た。

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