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第7話 りんご飴

 アルバイトの時間が終わって、遠藤朔は着替えて店を出た。駐輪場に置いておいたベスパのエンジンをかけながら、がっくりとため息をつく。9時を少し過ぎていた。 (あー……またあんな態度取っちまった……)  先日眞玄と突然わけのわからない展開になり、朔としては心の準備も何もなかったし、とても困惑した。  どのように接したら良いのか、急にわからなくなった。  前まではそれなりに普通に話すことも出来たのに、今はどうしたらいいのかわからない。 (終わりの時間聞くんなら、どうせなら待ってるとかしろよ)  結局眞玄は浄善寺と帰ってしまった。二人の付き合いが、自分がバンドに入るより随分と前から、ということは知っていた。けれど何故だか、どうしても疎外感を抱いてしまう。考えても仕方のないことなのに、と思う。  自分は嫉妬深い。  心の狭い自分を嫌だと思う。けれど、なかなか改善しろと言っても難しかった。感情論だ。  だから、眞玄みたいな人間とは上手くやっていけない。 (それに……いきなり、一線超えようとか言われても、困るわ)  大体野郎同士でエッチって何すんの、何を想定してものを言ってんの、俺はその場合どういう立ち位置なわけ? わけがわからない……朔はぐるぐると考える。  自分は多分眞玄が好きなんだろうな、という自覚はあっても、じゃあ一体何を求めているのかと問われると答えようがない。強いてあげれば、自分の目の前でナンパに走るのはやめてもらいたい、……とか。 (あと、また、あれ見たいな……かっこよかったから)  普段ギターを握って歌っている姿も勿論好きだったが、一度だけ見た、黒い着物で三味線を激しく演奏する眞玄が忘れられない。今年の一月のことだ。  正直、あれで意識し始めた。  心奪われた。  それまでの眞玄への認識を改めざるを得ない衝撃だった。  眞玄は普段の軟派な態度ではなく、礼儀正しく客席に一礼した。 「本日は新しい年の一発目。ほんの余興と致しまして、不肖辻眞玄、三味線アレンジで一曲やらせていただきます」  ふざけた声音ではなく、至極真面目に宣言して一人で弾き出した。  同じ弦楽器なのに、こうも印象が違うのかとびっくりした。撥で三弦を掻き鳴らす男の表情は、一切の迷いも煩悩も見えなかった。  脳内で、誰だよおまえ、と朔が突っ込んで、黙って見てろよともう一人の朔が一喝する。  一曲など、すぐに終わってしまった。ずっとそれを見ていたかった。  動画でも撮っておきたかったが、朔がそんなことしてたら、あとで何を突っ込まれるかわからない。  そしてそれきり、眞玄のその姿を見ていない。  本当に一曲だけ演って、次は通常どおり三人に戻った。ギターに持ち変えたら片袖を抜いて着崩したりしていたが、中にシャツも何も着ておらず、意外と細マッチョなのが色っぽくて参ったのを覚えている。何を男に色気を感じているのか、不思議だった。 (来年もまたやるつもりなのかなー)  ぼんやり考えていたら、スマートフォンがぽこぽこ鳴っている。 「……ほんとこいつ、こういうのマメ」  眞玄だった。   macro「朔、バイトお疲れ(´∇`)」   macro「俺の車二人しか乗れなくて、送りたかったけどごめん」   macro「来週の土曜日、一緒にお祭り行こ。朔に浴衣着せたいから、持ってく。約束ね(*´ω`*)  りんご飴食べたい」  一方的に約束、と言われ、朔は眉を寄せる。来週末に夏祭りがあるのは知っていたが、こちらの都合とか一切聞かずに約束とか、結構勝手だ。  だけど……  自分の取っている現在の態度が、あまり良くないのを朔はちゃんと自覚している。勿論眞玄が変なこと言い出したのが元々の原因ではあるのだが、だからと言っていつまでもこんな距離を取るような真似をするのは得策ではない。  仲直りする良い機会かもしれないし、朔の態度にもめげることなく眞玄が誘ってくれたのは悪い気がしなくて、すぐに返信してやった。   朔「何時に来るかくらい教えとけ」  なんでこんな男にどきどきしなければならないのだ。全く以て理不尽だ。 (あれって二人しか乗れないんか……不便じゃね?)  乗ったことがなかったので知らなかったが、確かに思い起こせば眞玄が乗っているのはコンパクトな車ではあった。あまりそういうのには詳しくない。 (そして何故にりんご飴……子供か)  可愛いこと言いやがって、と呟いて、日が沈んで尚むしむしとした空気に辟易しながら帰路についた。

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