6 / 70

第6話 ぼんじりと着流し(2)

(そういや……)  ふと思い出す。 「そういえば眞玄。朔の前で着流しっての? 着たことあるじゃん。新年の余興で、おまえソロで三味線弾いた時」 「それがなにか?」  眞玄はさっきオーダーした焼鳥盛り合わせからぼんじりをチョイスして、もぐもぐと口を動かしながら答える。 「あっ、ぼんじり二本とも食うなよ!」 「早い者勝ち。……で、なに? さっきの続き」  若干いらっと来たが、浄善寺は仕方なくネギマを手に取って食べ始める。 「……あの時、朔の反応良かったよ。おまえのこと穴が開くほど見てた」 「えっマジで」 「まあ、おまえの三味線見たの初めてでびっくりしたのもあるだろうけど……思うに朔、ここのバイトもそうだけどさ、和もの好きなんじゃ?」  確かにここの制服は甚平だった。眞玄が当時着ていた着流しとはまた趣が違うが、確かに和テイストではある。 「でさ……もうすぐ夏祭りあるじゃん? 浴衣かなんか着て、朔上手く丸め込んで連れ出せば? 出来れば肉欲に走らず、じっくり話してみたらいいと思うよ。もしかしたら、有効かも」  あの時の眞玄は、漆黒の着流しだった。自分の名前に「玄」が入っているからなのかなんなのか、眞玄はわりと黒を選ぶ。  確かにかっこよかったと浄善寺でも思う。普段着とのギャップというのも勿論あるのだろうが、着慣れているというのもあって、いちいち所作がさまになるのだ。ちょっとうっかり惚れそうになる。 「眞玄も普段から、着物ん時みたいに落ち着いてればいいのに。大体なんで、単なるヤリ目的みたいな誤解されるような行動を取るんだよ」 「……そっかー、来週の土曜だよな」  もう人の話を聞いていない。  余計なことを助言したかもしれないと、少し後悔した。 「聞いてるか」 「……聞いてなかった。なに?」 「だから……ああもう、おまえと話してるとストレス溜まるわ。もういいよ」  なんだかだるくなってきて、浄善寺はそれ以上助言するのをやめた。  今日のところは来週末の夏祭り作戦が気に入ったのか、朔の仕事終わりまで待つ、ということはせず、浄善寺は徒歩で帰らなくて済んだ。  一応店を出る時に、その辺にいた朔を捕まえた。 「朔、今日は浄善寺がいるから大人しく帰るけどー、今度は俺一人で来るね」 「……仲良しで結構だな」  ぼそっと言った朔に、その意味がわからず眞玄は何度か瞬きした。浄善寺もあえて何もコメントせず、ただ朔に「またね」と手を振った。  送り狼になれなかったことに対し誰かを恨むなら、ツーシーターの車を選んだ自分自身を恨めば良い。デートにはいいかもしれないが、汎用性に欠けるのは否めない。 「なんか朔、怒ってた?」  クーペの運転席に収まりながら、眞玄がチョコレートの匂いのする煙草に火を点けた。浄善寺は少し顔をしかめる。 「煙草やめてくれ」 「これいい匂いだから、好きなんだよねえ。一本だけ吸わせて。ほれ、オープンカーにしたる」  クーペの電動ルーフを開けてやり、風通しを良くすると、そのままくわえ煙草でアクセルを踏む。 「やっぱおまえ、匂いフェチだな」 「かもねー。……で、なんだっけ。朔、怒ってたかな?」 「俺の口から言うのも憚られるけど、単に嫉妬じゃないのか。仲良しで結構だな、というのはさ」  浄善寺にしてみれば、そんな嫉妬はされる謂れがない。むしろ迷惑だ。ただの腐れ縁だ。 「……朔ってば、言ってくれればいくらでも送ってくのに」 「いや、だから俺は徒歩は勘弁だから」  嬉しそうににやついている男に、浄善寺が静かに突っ込みを入れた。

ともだちにシェアしよう!