8 / 70

第8話 三弦、六弦

 浄善寺を家まで送り届けて、コンビニに寄って少し買い物してから、眞玄は静まり返った自宅へ戻った。祖母はもう就寝しているし、親はいない。ちょっと留守にしているというわけではなく、いつもいない。  小学校に上がる前に両親が離婚して、母と共に実家に戻ってきた。しかしその母も再婚して、新しい旦那のところで幸せに暮らしている。けれど眞玄は新しい父親なんて特に欲しくなかったので、祖母とここに残った。おばあちゃん子だったし、眞玄にとって父は一人だけだ。  その父からの金銭面での援助は、眞玄が成人してからはぱたりと止んでいる。文句はない。こちらも違う家庭を既に持っていたのに、ちゃんと養育費を払ってくれていたのだから、むしろ今までありがとう、という気持ちだ。 「んーと、なんだろねー」  ぶつぶつと独り言を呟きながら、桐箪笥の中から手持ちの着物を漁る。眞玄の趣味で集めているが、結構金食い虫だ。  積極的にバイトもせず、小遣いも貰っていない身分で何故買えると言うと、不労収入がある。いつまでも祖母の収入に依存するのはさすがに気が引け、楽して稼げる方法はないかと試しに始めたら、思いの外需要があった。  今日浄善寺が、余興で三味線を弾いた時の朔の反応が良かった、と言っていたが、実を言うとお面で顔を伏せ本名を出さず、動画サイトにそういうのをアップしており、広告収入が結構ある。  更に言えばもう二件、将来的に収入につながりそうな案件が転がってはいるのだが、眞玄はいろんな事情から返事を出来ないでいる。誰にも言っていない。  一件は、父親関係。  一件は、眞玄個人を拾ってくれるという芸能事務所。眞玄はその性格とマメさが幸いしてか、いろんな方面に顔が広い。そちらの担当者とは一応定期的にSNSやらでやり取りしている。たまにライブに来ては、他のメンバーがいないところでアプローチをかけられる。  けれどそれのどちらも、プラグラインというバンドは絡んでこないから、返事のしようがない。眞玄はわりと一人でなんでも出来るが、あえてバンドという形を選んでいるのだ。  そんなわけで、広告収入。  知っている人間が見たら眞玄だとわかるかもしれない。しかし、なんとなくそんなことで稼いでいることを周囲に言うのが嫌で、顔出ししていない。  気づいたら身近にあった、太棹の三味線。元々は父が使っていた物らしい。離婚する際に、何故か祖母に預けていったという。  そもそも父は昔、祖母のやる三味線教室の生徒だったのだ。そんな関係で母と出会って結婚したものの、上手く行かずに離婚した。今も三味線奏者として活躍している。  何故それを手に取ったのか。  祖母の期待に応えたくて続けたのか。父に近付きたかったのか。好きでやっているのかと聞かれたらわからなかった。  それでも自分は弦を弾く。それが三弦でも六弦でも関係ない。理由は必要ではない。 (朔が喜んでくれるなら、なんでもいいや)  この件に関して、なかなか上手くことを運べない。回りくどいことをしては失敗し、直球すぎては失敗する。しかし、もどかしいながらもそれは楽しかった。眞玄は恋愛の過程を楽しんでいる。 (でも早くエッチしたいけどね)  先程から眞玄が何をしているかと言うと、朔に着せる為の浴衣を物色していた。手持ちで何か似合いそうな柄はないかと探している。 (あ、でもサイズの兼ね合いが……)  少し合わないかもしれない。朔の身長っていくつくらいだっけ……浄善寺よりは確実にでかい。眞玄と比べると……確実に小さい。身長差大体10センチくらいかな、とあたりをつけてみて、朔に似合いそうなのを探して丈を調整しよう、という結論に至る。  まず俺が着せてあげるでしよ、  一緒にお祭り行って良い感じになるでしょ、  で、送ってあげて、今度は脱がせて……色々……あー、朔が欲しい……  またしても不埒な妄想が暴走し始める。  そういえばさっき、ヤリ目的だと誤解される、なんて浄善寺にも指摘されてしまったが、別に否定はしない。やりたいのは本当だ。自分の理性を剥ぎ取る朔がいけない。 「朔、朔、……大好き」  無意識に心の声が漏れてしまったのに気づき、眞玄は一旦箪笥の物色を中断した。とりあえずさっさと風呂にでも入ってしまおう。あまり遅く入ると、あとで祖母の小言の的となる。

ともだちにシェアしよう!