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第9話 藍染
宣言通り、眞玄は夏祭りの行われる土曜日の夕方、朔のアパートへやってきた。
何やら荷物を持っていて、眞玄自身は既に落ち着いた藍染の浴衣を着ていた。
(うっ……なんでこんなに、かっけえの眞玄)
普段の三割増しくらいにいい男に見えるのは何故だろう。朔は玄関先に立つ男にしばらく釘付けになった。
「……朔? 入ってもいい?」
この前来た時は、朔に断りもなく上がり込んだくせに、今日は一応ちゃんとしている。朔はぼおっとしていた自分に気づいて、少しばつの悪そうな顔をした。
「どおぞ……何、その荷物」
「朔に似合いそうな浴衣持ってきてみた。それとも持ってる?」
「……いや、ないけど」
にこりと笑った眞玄に、またどきどきする。
以前となんだか勝手が違う。ここ最近の眞玄は、ストレートな攻めに転じている。前はこちらの反応を見ながら、目の前で平気でナンパしたりしていたのに、ここのところそれがない。まあ、彼は顔が広いので、新規開拓しなくても常に周りには人がいるのだが……
また妙な嫉妬を抱いてしまいそうになり、朔は考えを中断した。
「今日は俺に付き合ってくれるんだ? 最近つれなかったから、心配してた」
「……別に、心配することは何もねえし。大体眞玄が……変なこと言い出すのが、悪いんじゃね」
気まずそうに目を逸らした朔に、眞玄は「ごめんね」と軽く笑った。
ほんと軽い。悩んだのが馬鹿らしくなるほどに軽々しい。
「どうかなー、朔は向日葵 とか似合いそうだから、ちょっと大柄のこんなん」
え、向日葵……もしや黄色? ガキっぽくないか、と心配したが、目の前に出された浴衣には、眞玄が着ているのと似た感じの、ベースは藍色に、大きく白く染め抜いた向日葵が描かれていた。
結構好きなセンスだった。
「……うん、まあ、いんじゃね。てゆーか、これってどっから持ち出したの?」
「俺の手持ち」
「眞玄、前に黒い着物とか着てたことあるけど、あれもそうなのか?」
「俺そういうの好きで、集めてる。しょっちゅう着るよ」
「そう……なんだ」
何故かちょっと俯いた朔に、眞玄は不思議そうに首をかしげた。
言えない。
和装の眞玄にむらっと来たなんて、とても言えない。これではこの前の「一線超えよう事件」の眞玄と同レベルではないか。
「朔、脱いで」
「――はっ?」
「着替えて、お祭り行こう。俺が着せてやるから、はい、それ下着以外全部脱いで」
「や、いいよ! 自分でやるし!」
「遠慮なさらず」
眞玄はいつもみたいに間を詰めてきて、朔の着ていたシャツに手をかける。
(ちょ、マジ無理)
何を無遠慮に脱がしにかかっているんだこの男は。しかし眞玄の方が背も高く、脱ぐと意外とすごいのも知っていた。結構力強い。巧いこと上半身を脱がされてしまって、朔は混乱した。
「えー、朔、もしかして意識してる?」
にやっと唇の形を不敵な笑みに変えて、眞玄が少し身を屈め、目線を合わせてきた。顔が熱くなってくるのがわかって、思わず背中を見せる。
「朔、……袖通して」
先程の向日葵の浴衣の、さらりとした良い感触が背中に触った。いつまでも上半身裸でいるわけにもいかないので、素直に両手を袖に通してやる。いい匂いがした。
「パンツも俺が脱がせる?」
耳元で、眞玄の甘い声が聞こえた。天然で軟派なので、多分あまり意図はない。それがわかっているのに、ぞくぞくした。
そしてこの場合のパンツとは下着のことではなかったが、一瞬朔は勘違いしてしまい焦った。
「ほんと心臓に悪いから、眞玄……自分で脱げる」
妙なことを考えてしまっていた自分が恥ずかしかった。もしかしたら、眞玄もわざと言っているのかもしれない。
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