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第12話 上弦(1)
少し高くなっている場所にいる、裃 姿の三味線弾き……加納上弦は、40代半ばくらいに見えた。蒸し暑いのにそんな顔ひとつ見せず、ただひたすらに三味線を叩くように弾いている。迫力があった。
その姿は、知っている誰かに似ていると思った。
(誰かっていうか……)
眞玄に似ていた。
当の眞玄は、またしてもじっと上弦を見つめている。もしかして、というか、もしかしなくてもこれは、
「眞玄の親父だったりする?」
あっさり看破した朔に、眞玄は少なからず驚いたようだった。
「なんでわかる?」
「いや、だって、顔そっくりだし。三味線弾きだし……雰囲気似てたから」
「えっ……そう……?」
どことなく嫌そうな眞玄に、朔は思わず笑う。
「親父に教えてもらったのか?」
「……いや。一緒に住んでないし」
「ふうん? 仕事の関係とか?」
「俺んち、父親と母親と俺とで、全部苗字が違うんだー。離婚してそれぞれ再婚して、俺だけあぶれた感じ。俺はばあちゃんの姓名乗ってんの」
軽く言った眞玄は、けれどどこか寂しそうにも見えた。聞いてはいけないことだったのかもしれないと、朔は言葉を続けられなくなった。
「あ、朔。今、『眞玄可哀想、俺が慰めてあげたい』とか思った?」
「……思ってねえし」
すぐに茶化す眞玄に、朔は呆れた顔になる。
けれど多分、眞玄は可哀想なんて思われたくないのだろう。そんな気がした。
「なあ、眞玄……俺さ、」
朔が言いかけた時、曲の合間で三味線が止まった。ステージからこちらに視線が向いているのがわかった。相手が眞玄を捕捉して、にっと笑う。
「よー馬鹿息子。久しぶり。折角だ、ちょっとこっち上がって来い、眞玄」
「――は」
ステージの脇にいた進行役も、なんのことかと戸惑う。上弦はそちらに向き直り、
「ちょっとだけいい? お祭りだもん、楽しくやろうよ。損はさせないから」
マイクで軽ーく言って、持っていた三味線をぽんと叩き、眞玄に対して煽るような手招きをした。
「俺の太棹貸してやってんだから、少しはマシな音出せるようになったんだろうな」
「眞玄……なんか、呼んでるけど」
状況がよくわからないが、どうやら眞玄にステージに上がってきて、今ここで弾けと言っているらしい。しかし呼ばれた眞玄は、不機嫌そうに眉間にしわを寄せて動こうとしない。あまりこういう表情はしない男だったので、不意打ちでどきりとする。
「朔、行こ。俺、こんなのに付き合う気はない」
「……でも、聞きたいけど。眞玄の三味線」
先程言いかけた科白を、やっと言えた。
「朔……」
眞玄はちょっと困ったように朔を見つめる。
イマイチ乗り気ではないような態度ではあったものの、やがて深いため息をついて、朔の手に自分の分のりんご飴を持たせた。
「あとでキスね」
それだけ言い捨て、挑戦的に眞玄を呼ぶ上弦の待つステージに上がる。
「それ貸して」
つっけんどんに手を伸ばし、上弦から三味線を受け取る。相手が心底楽しそうににやにやしているのに、気づいているだろうか。
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