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第13話 上弦(2)
「おまえ大学ダブったそうじゃねーか。ちゃんとばあちゃんから聞いてんだぜ? やる気ないんなら、やめちまえ。んで、俺のとこで仕込んでやるから、とっとと来い」
「やだ」
「つべなんかに動画アップして満足してるようじゃ、まだまだ」
「……なんで知ってんの」
「顔なんか隠してもわかるわボケ」
ぼそぼそ喋っているので、朔のいるところまでは会話の内容は聞こえない。
「大体俺の息子なら、三味線でもギターでもなんでもいい。プロんなって金稼げないようなら、早々にやめるんだな。男は稼いでなんぼだ」
「……余計なお世話だ、クソ親父」
眞玄は顔を近付けて、ぎりっと睨み付ける。しかし上弦はまたしても楽しそうに笑むだけだ。
「さ、弾いてこいや。俺に恥かかせんなよ」
勝手なことを言って、上弦は中央を眞玄に明け渡した。
(なんか、揉めてね?)
心配ではあったが、どうすることも出来ない。そして今更ながらに、眞玄がステージに上がっていった際に、さくっと妙なことを要求されたのに気づいた。
(あとでキスね、と言われたような……)
ぼっと顔が熱くなった。しかし文句を言う相手は今、朔の傍にいない。
「プラグラインの辻眞玄です。知ってる人挙手ー! おぉ、結構いるね、ありがと! 良かったよアウェーじゃなくて。……なんか変なのに捕まっちゃったんで、一曲やるよ。三味線の曲は上弦さんがやってくれたんで、俺は俺の得意な曲をやります。ご了承ください」
眞玄が挙手、と言うと、ところどころから手が上がる。中には「眞玄、歌ってー」なんて女の子の声が混じったりしていて、ざわついている。
「あー……三味線の時は歌わないつもりだったけど、……歌う?」
最初は戸惑っていた進行役が、場の空気を読んでマイクスタンドを用意してくれた。
「んじゃ、折角の機会なんで聴いて。初見さんは、気に入ったらライブ来てくれな。――あ、普段はギターだよ」
物怖じもせず、大勢の前で軽く笑う男に声援が飛ぶ。
やはり眞玄は顔が広い。こんなに知っている人がいっぱいいる中で、朔とデートみたいなことをして変な噂立てられたらどうするのだ。ちょっと冷や汗が出た。
藍染の浴衣に三味線を持ち、軽くべべんと鳴らしてから、眞玄はまたしても三味線アレンジで、バンドの楽曲を弾き始めた。元々はギターで演る為の曲だったが、特に戸惑うこともせず、撥を激しく叩きつける。以前聞いたのとはまた別の曲だった。イントロを終えて途中からボーカルが重なった。歌い方も普段と少し変えている。
(まさか、今即興でアレンジしたわけじゃないよな?)
もし朔だったなら、要求されてすぐにこんなこと出来るだろうか。バンドでの活動だから、一人ではないという安心感がある。けれど、たった一人でいきなり上がったステージで、緊張せずにベースを演奏出来る自信はなかった。
(眞玄は、ステージ映えする)
かっこよくて仕方ない。
三味線というと座した姿勢で弾くイメージだったが、眞玄は立ったまま、ところ狭しとステージ上で暴れている。とても楽しそうに見えた。
なんとなく、住んでいる世界が違う。そんな気になった。
(俺は……足引っ張って、ねぇかな……)
曲作りにしてもそうだ。
眞玄と浄善寺が作ったもの、与えられた曲をただ弾く。弾くことは出来ても、作り出すことは出来ない。――考えていたら、なんだか自分が情けなくなってきた。
(眞玄は、どう考えてるんだろ)
水を得た魚のような眞玄を見つめながら、朔はまたりんご飴をかじった。
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