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第20話 覆水盆に帰らず

 朝になり目が覚めて、朔は混乱していた。  正確には混乱ではないかもしれない。動揺だ。  昨夜のことは、勿論覚えている。眞玄に対して自分から譲歩して、最終的なところまで行ってしまったのだ。  眞玄の言うところの、一線を超えてしまった。 (まさかの、酔った……勢い……)  そんなこと、するつもりなかったのに。  自分の隣には、布団からはみ出して畳に転がって、眞玄が眠りこけている。薄いタオルケットを適当に被り、寝乱れた浴衣姿だ。着替えを持ってきていなかったので、また着たらしい。朔は適当に部屋着に着替えて寝た記憶がある。 (眞玄にがっつり食われた感……)  思い出すと体の奥がじんじんするような感覚に捕らわれた。実際、体に違和感がある。眞玄に貫かれたところが、妙に疼く。まだ何か挿れられてるような、変な感じがする。 (そりゃそうだよ……ああもうヤダ俺、酒癖悪くね?)  けれど後悔してももう遅い。あんなことやこんなことをされてしまった。己の欲望を満たして満足そうな眞玄は、眠りの中にいる。何故あんなふうに、朔を抱けるのだ。わけがわからない。 「……眞玄、おい」  のんきに寝ている男に、声をかける。しかしすぐに起きることはなく、ごろんと寝返りを打つ。浴衣がはだけて、胸板やら、脚が覗く。 (くっ……やっぱこの体はエロい。適度な細マッチョ具合、ヤバい)  眞玄の体はどこまでも男性的な「エロさ」なのだが、眞玄に対して性的な目を、どうして向けてしまうのか。 (両思いじゃね……って、うわあああ!)  とてつもなく恥ずかしい。  多少開放的な気分になっていたからとはいえ、一体何を言ってるんだ昨夜の自分。夏祭りデートして、手を繋いで、キスしてセックスまでして、色々一日で急ぎすぎではないか。 (なにこの狙ったようなフルコース……)  顔を真っ赤にしていたら、眞玄がいつの間にか目を開けていた。 「朔、おはよ。どしたん顔赤いよ」 「……ま、眞玄」 「朝ごはん、どっか食べいく? 腹減ったわ、昨日めっちゃ動いたから」  しれっと言われてまた恥ずかしくなる。しかし眞玄は気にすることもせずに、髪を掻き上げながら欠伸をしている。その姿にまたくらっと来る。  何故、何故寝起きの野郎なんかにときめかねばならんのか。 (なんだかんだ言っても俺、眞玄のこと好きなんだよな……もういいや、酒の勢いでもなんでも)  朔は諦めて、もそもそ起き上がる。 「うぅん……俺朝はあんま食わねえんだよな……冷蔵庫……なんかあると思うから、眞玄だけ適当に食う? 米そっこー炊くから、シャワーでも浴びてくれば」 「えっ、朔自炊すんの」 「米だけだよ……おかずはたまにうちの母ちゃんが入れてく。――あ、今日に限って、何もねえ」  うちの母ちゃんが、のくだりで、眞玄の表情が少し曇ったが、朔はそちらを見ていなかった。 「自分で振っといてなんだけど、さっきの話、なし。プリンしか入ってなかった。あとはカップ麺でいいなら、お湯沸かすけど」 「……お母さん、結構来る?」 「ん? うん」 「仲良いんだね」  何が? 普通じゃん? と首をかしげたが、昨日の会話を思い出す。眞玄の両親は彼の傍にいないのだ。 「わり、そんなつもりで言ったんじゃ」 「――え? 朔は悪くないよ別に。俺んとこの事情だわ、逆にごめん。……シャワー、借りるね」  眞玄は軽く言って、立ち上がる。しかしなんだか眞玄の地雷を踏んでしまったような、妙な気持ちになった。  配慮のなさに自己嫌悪していたら、眞玄が脱衣所からひょいと顔を出す。 「朔! やっぱ一緒に入ろう。エッチのあとは一緒にシャワーで洗いっこ。俺のジャスティスです」  わけのわからないことを言って、笑っている。その笑顔に、変な気遣いはしてほしくないのだろうな、と思った。 「狭いっつの」 「狭さがいいんじゃないの。ほら、早く。隅々まで洗ってあげるからー」  楽しそうににやけている眞玄に、洗われている状況を頭に浮かべ、また体が疼いた。裸を見られたところで、昨夜散々やらしいことをされた身としては、今更だ。それに昨夜は、終わったあとに耐え難い睡魔が襲ってきてしまい、そのままだった。熱いシャワーでさっぱりしたかった。 「……今行くから、先に入ってろよ……」 「らじゃ。待ってるから絶対ね」  仕方なく朔も部屋着を脱ぎながら、浴室へ向かった。  朝っぱらからいちゃいちゃするのも、まあ悪くはない。

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