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第21話 音緒(1)

 結局朝からカップ麺というのは眞玄的になしだったので、小腹対策にプリンだけ食べた。朝帰りで自宅に戻ったら、駐車スペースに見たことのないセダンが停まっていた。こんな朝っぱらから客か? と不審に思いながら玄関をくぐると、男物の靴と、小さな子供の靴が並んでいた。 「ばあちゃん、ただいまー」  昨日から着ている浴衣のまま居間に行くと、加納上弦と幼稚園児くらいの男の子が当然のように朝食を摂っていた。今日は至って普通のシャツにチノパンという出で立ちだ。 「朝帰りとは、いい身分だなあ、眞玄。すっきりした顔で、どこぞでしけこんでたのか」  上弦はにやにやと口元を歪めながら、祖母の作った煮物を食べている。 「てか、なんでここにいる。上弦の実家じゃないだろ。別れた妻の実家で何をしてるんだ」 「相変わらず父に対する礼儀がなってねーな。……まあいいや。俺昨日からこっちで仕事だったろ? ばあちゃんに音緒(ねお)預かってもらってた」 「ネオ?」 「こいつ。おまえの腹違いの弟ね。今年で5歳の年中さん。俺またかみさんに逃げられたわ、ははは。しかもこいつも置いてかれるし、大変」  軽く言って笑っているが、なんなんだ一体。 「……ばあちゃんは?」 「台所かどっかにいるだろ」 「ばあちゃーん!?」  上弦をほったらかして、祖母を探しに台所へ行くと、案の定そこにいた。 「なあに眞玄、昨日と同じ浴衣で。早く着替えてきなさい。しわになって、みっともない。……あまり無体な真似するんじゃないよ。お宅の孫がうちの娘孕ませた、なんて言われたくないよ」 「一体なんの話!? 着替えるけど、そうじゃなくて、なんで上弦普通に家に上げてんの」  祖母にまで信用がないなんてショックだ。一体周囲の人間は、眞玄をなんだと思っているのだ。そんなに無節操に種まきしてると思われていたら心外だった。 「あれはアタシの弟子だもの。別れたって関係ないだろ。心が狭いねおまえは」 「えっ俺……? 俺が悪者?」  どうして眞玄が悪いみたいな流れになっているのだろう。非常に不本意だ。 「しばらく音緒預かるから、眞玄も協力するんだよ。あんまほっつき歩いてないで」 「……預かるって……」 「仕方ないだろ。ママがいないんだから。上弦も忙しいって言ってるし」 「俺だって忙しいよ」  どうして祖母にとっては血縁関係のない子供を預かるのか。意味がわからない。眞玄の心が狭いというわけではない気がする。  ……ふと、浴衣の袂を引っ張られた。抵抗のあった方を見下ろすと、音緒がいつのまにか眞玄の隣に突っ立っていた。 「かのうねおです。まくろはお兄ちゃん?」 「……可愛いなおまえ」  上弦にはあまり似ていない。素直そうな、幼い男の子の可愛らしさを持った音緒に、思わず笑みを見せる。 「まあ、いっか。子供に罪はないもんなあ……」 「こん中、なにが入ってんのー。ハイチュウある?」  浴衣の袂を探られて、眞玄はちょっと焦る。もしかして上弦が袂にそういうのを入れていたのかもしれない。しかし眞玄の袂を探られても、コンドームとかローションとかが出てくるばかりで、教育上良くなかった。 「ハイチュウはない! ごめん、着替えてくる」  それだけ言うと、眞玄は自室へ引っ込んだ。音緒がぽつんと祖母のところに取り残された。 「気にしないでいいんだよ、眞玄は別に怒ってるわけじゃないから」 「ハイチュウないの?」 「朝からお菓子食べるもんじゃないよ、音緒」  本当の孫みたいに接してくれる相手に、音緒は素直に頷いた。

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