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第22話 音緒(2)
普段着に着替えて、朝食を食べる為に居間へ行くと、まだ普通に上弦が居座っていた。仕方なくはす向かいに座って、台所から持ってきた食事を口に運んでいたら、話を振られた。
「面白いことすんのな、眞玄。あれはあれで、楽しかったよ」
「……なに?」
「昨日のパフォーマンス。……おまえ、今後どうするつもりだ?」
茶をすすりながら、こちらをじっと見てくる。確かに自分は父親似だな、とその顔を見返して思う。
「俺はギター弾きつつ歌うってのが性に合ってるから、出来ればバンドでプロになれたらなって。俺が思ってるだけだけど」
「ふん、バンドね。正直、消費されるだけの業界だと思うぜ? まだ俺のいる世界の方が、息が長い気はする」
「知ってる。でも俺は今のバンドやってんのが、楽しい」
気を抜くとすぐに忘れられる、入れ替わりの激しい音楽業界。売上上位が戦略勝ちのアイドルだったりするのは、眞玄にとっては辟易する現実だ。
それでも、やってみたい。正直テレビに出たいとかいう願望はあまりないのだが、ただ、浄善寺と、朔と……一緒にずっとやっていけて、更にそれが生きて行く術になれたら、と思っている。
改めて話し合ったことは、まだない。彼らがあくまでも趣味の域というなら、意識を変えるように仕向けるのも必要だ。
眞玄は眞玄の思うように生きたいのだ。人の意思を尊重することも必要ではあるが、我を通す時は通す。意外と頑固だ。
「楽しいだけじゃ、食ってけない」
「それも知ってる」
「まあいいけどよ。……音緒でも育てるかね」
つまらなそうに言った上弦は、また茶をすすった。
「何、そのネオって。きらきらネーム? てゆーか、俺の名前もなんなん。ついでに聞きたかったんだけど」
「はあ? 音緒ったら、三味線の音緒に決まってるだろ。眞玄は……なんだっけ? えーと」
「忘れたんか」
言われて、確かに三味線には音緒と呼ばれる部位があったことを思い出す。弦の付け根あたりについている。
「ああ思い出した。スケールのでかい男になって欲しいなあと思ってマクロ。そんで、漢字は、真の玄人になって欲しいなあと。あとは弦の字から取ったってのもある。そんな感じ」
弦の字は、上弦の弦か。三弦の弦か。あるいはその両方かもしれない。
「――ふうん。一応意味あったんだ」
「おまえも女たらしこんでる暇あったら、少しでも精進しろよな。俺に似てイイ男だからなあ、眞玄は……さぞかしもてんだろうよ」
「別にたらしこんでないし。なんで皆して、俺のことそういう目で見るの」
昨日ずっと一緒にいたのは、男だし、なんて余計なことは言わなかった。
「眞玄よお、おまえ香水なんてつけてんじゃねえよ、色気づきやがって。ひとこと言っとくとな、おまえすげえチャラく見えるぞ」
「……余計な、お世話」
そんなの上弦が言ったところで説得力がない。そのまま返してやりたい。香水は単に自分が好きな匂いをまとっていたいから、付けているだけだ。落ち着くから。
「いつ帰んの? ばあちゃんに自分の子供預けて」
「……そう言うなよ。俺だって忙しい。ほとんど家にいない父親んとこいるより、血が繋がってなくてもばあちゃんが見てくれてた方がいいだろ。パパにそっくりな兄貴もいるし、寂しくねえだろ」
どんな理屈だ。
(俺は……寂しかったのに)
祖母がいても寂しかったのだ。かと言って母についていき疎外感を味わうのも嫌だった。母の夫を父とは呼べなかった。
「わりぃな。俺は仕事が命なんだ。子供相手してられるほど時間もない。……愛がないわけじゃ、ない」
「――聞いてない」
「そっか。俺は明日の朝には出る。音緒、よろしくな。たまには顔出す」
今日は夏祭りの二日目だった。
また、三味線を弾くのだろう。
(幸せだった頃の、思い出)
りんご飴が頭に浮かんだ。
両親が離婚する少し前に連れていってもらった、夏祭りで食べたりんご飴。その味を今は思い出せない。思い出したくて、屋台で見かけるといつも買ってしまうそれは、その時の味とはどこか違う気がしていた。
その理由がわからなかった。
けれど、ふと思う。
(単に、両親の不在、っていう)
欠けてしまった物があるから、思い出せなかったのではないか。
だからもう二度と、あの時のりんご飴の味は、思い出すことが出来ない。
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