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第28話 向日葵と太陽(2)
乗り慣れないセダンの後部座席にはチャイルドシートが付いていて、そこに音緒を座らせ、朔は助手席だ。眞玄の車は軽自動車なので、セダンとの乗り心地は違う。
お祭りが終わったら、あとでベスパを取りに来る予定だった。明日の足がないと、朔も困る。
「眞玄平気なん、人の車の運転」
「心配しないでー。教習所の車だって、思えば軽じゃなかったろ」
「……普免ないんだけど、俺」
「えっ」
ちょっとびっくりして、眞玄はちらっと朔の方を見る。
「地方都市だとさー、車は必須かなあと思うよね。首都圏みたく、交通が発達しきれてない箇所も多いし。取ろうと思わなかった?」
「時間とか余裕なかったし、原チャリで充分かなあと」
「ドライブデート、出来ないじゃん。……あ、それはまあいいか。俺が運転すりゃいいもんね」
「弟の存在、忘れた発言やめて……」
4歳とはいえ、やはり他者の介入を朔は気になるらしい。眞玄は「気にしすぎ」と軽く笑った。
「そういや今日は朔の分の浴衣、用意してなくてごめん」
「いや、それは別に……なあ、昨日借りたの、洗う暇なく回収されたんだけど、戻してくれれば俺洗うし」
昨日眞玄の手持ちの浴衣を、脱がされたあと畳んで持って帰られてしまったので、朔はなんとなく気になっていた。
「えっ駄目。しばらく朔の残り香楽しむんだもんね」
「……やっぱ眞玄って、変態じゃね」
妙な発言にドン引きしている朔に、眞玄は「嘘嘘、もう洗ったから大丈夫」と訂正した。本当かどうかは不明だが、そう言われてしまうとそれ以上突っ込めなかった。
「へんたいってなに?」
聞き慣れない単語に、音緒が反応した。やはり余計な会話は慎むべきかもしれない。
お祭り会場の傍のコインパーキングに駐車して、三人で歩く。朔は小さな音緒の横顔をじっと見て、眞玄にはあまり似ていない、なんてどうでもいいことを考えていた。
今日の眞玄は、昨日着ていた藍染とはまた印象の違う、明るめのしじら織りに濃い帯を締めていた。その姿にまたしてもきゅんとしている自分に気づく。
昨夜の一件は、確かに酒の勢いだったのだろう。もし朔が酔っ払っていなかったら、同じシチュエーションになったとしても、理性が働いて多分最後までは行かなかった。
けれど、まあいい。
思いの外眞玄は優しくて上手だったし、少しくらい強引にされても、許容範囲だった。
実際、またそうなってもいい。
(あー……俺おかしい)
許容範囲だなんて、おかしなことを考えたものだ。まったく許容範囲ではなかったはずなのに。しかも、眞玄に対して妙な願望があることまで、悟られてしまった。
眞玄を抱きたいなんて、言葉にされるまでは具体的に考えてはいなかったのに。けれどはっきりとした指針を突き付けられてしまうと、確かにそういう願望が自分の中に存在していることを認識してしまった。
だから、ずっと心臓が落ち着かない。
(課題かぁ……)
眞玄に提示された、課題。朔は無理ゲーと否定的なことを反射的に口にしたものの、昨日のステージを見ていた時に、ふと感じた己の不甲斐なさ。それを指摘された気がした。
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