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第29話 向日葵と太陽(3)

 眞玄は見抜いているのか、と思った。  これまで眞玄のことを、何も深く考えたりせず、それはもう恣意的に生きている男のような印象を抱いてきた。けれどもその実、軽そうな笑顔の裏側で、色々なことを考え、明確に意図し、最終的には自分の思う通りにことを運んでいるのではないか、とうっすら思い始めている。 (馬鹿っぽいけど、それって……そういうスタイル取ってるだけなのかも)  匂いフェチの変態だけど、と心の中で付け加えた。  ……新月……  太陽を覆い隠す、暗い月。  ふと眞玄の言葉が頭をよぎった。  自分が眞玄の才能を隠してしまわないように、足手まといにだけはならないように。  ……そんなみっともないことは、出来ない。だから、課題は絶対にクリアする。その先にあるご褒美が欲しいからではなく、自分の為に必要なことなのだ。  眞玄が朔を向日葵と言った。自分ではそんなつもりはまるでないが、もしそうなら、眞玄は太陽だ。  向日葵には、天に君臨する太陽が必要だった。  眞玄が歌うから、ギターを弾くから自分は共に弾ける。他の誰とも、もう一緒にはやれない。一人でベースを弾いていた自分を拾ってくれた。 (傍にいられる理由が欲しい)  そんなこと、恥ずかしくて絶対に口にはしない。そんなこと言ったら、眞玄はなんて返すだろう。いつもみたいに軽く笑うだろうか。 「朔、こっちだよ。音緒が輪投げやりたいって」  少し自分の世界に入ってしまい、人混みではぐれかかった朔の手を、眞玄が引いた。  今日出会ったばかりの弟の相手をして、一緒に輪投げをしている眞玄を見つめていたら、ふと言葉が衝いて出る。 「眞玄は、いい親になりそうな気がするよ」 「え……でも朔、産めるの?」 「えっ!?」  自分の何気ない一言に対して返ってきた奇妙な返答に、朔は止まる。そんなに深く考えず、思ったことを言ったまでだったが、確かに男同士でそんなことは望めない。……が、そういうことではなく。 「朔、もしかして一時の気の迷いで俺があんなことしたと思ってる?」 「いや……あの……だって」 「朔の人生、俺に頂戴よ」  軽々しく、眞玄はとんでもないことを宣言する。 「えーと……」  あまりのことに、頭が動かない。  なんだこのプロポーズ的な発言は。昨日の件についてもそうだが、眞玄の行動は性急ではないか。気が変わったらどうするのだ。 「てゆーか、俺らまだハタチやそこらだし……人生頂戴と言われても……ピンと来ないつーか……正直そんな先のことまで考えて、……したわけでもねえし」 「じゃあ何歳だったら、良かった? 人生残り少なくなってからじゃ、俺はやだな」  あくまでも軽い口調の眞玄は、本気かなんなのかわからない。返事に窮している相手に気づいていないような態度で、更に続ける。 「でね、まだ浄善寺にも言ってはないけど、俺バンドでプロ目指したいんだよね。だから朔にも覚悟決めて貰いたい」 「――え、あ、そういう『人生』?」  勝手にプロポーズと勘違いして、恥ずかしいではないか、と思っていたら、眞玄が即座に否定する。 「いや、そういうのもひっくるめての、朔の人生全部ってことだよ」 「眞玄ってマジ、突拍子もないことを軽く言ってくれるよな……馬鹿じゃねえの。大体、俺がプロになれると思う?」 「それは努力と運次第。……ま、いいか今日は。ごめん変なこと言って。とりあえず朔には課題やって貰わんとね」  眞玄はそれ以上深追いせず、音緒の手を掴みながら、一緒に輪投げの的に向かって輪を投げ入れた。 「眞玄って、わりとすぐ『ごめん』言うよな」 「あんま考えないで口先で喋ってるから、ついね。気にしないで」  朔には無理って言わない、と指摘するくせに、眞玄はあっさり笑った。

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