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第30話 朔(1)
祭りの最後に眞玄と朔と音緒の三人で、花火を見た。花火大会とはまた違う、小規模な玉数だったが、夜空に咲く大輪の花は、きれいだった。
歩き疲れた音緒を肩車してやって、しばらく何も言わずにそれを見ていた。
(ちょっと唐突すぎたかも)
花火が始まる前に朔に対して、結構重たいことを軽々しく口にした自覚はあった。昨日の今日で、今後の人生を左右させるような科白は確かに、朔にとっては戸惑いの対象となるのだろう。わかってはいたがあえて口にした。
了承が欲しいわけではなかった。ただ、伝えておきたかった。
眞玄のやりたいことの為に、人生を賭けて欲しい。その為には、ずっと傍にいて一緒に頑張って貰わないといけないのだ。
「音緒、寝ちゃったなあ」
車に戻り、後部座席に乗せていた音緒がやけに静かだと思ったら、眠っていた。チャイルドシートから落っこちそうに斜めに傾いていたので、手を伸ばし直してやる。だいぶはしゃいでいたし、疲れたのだろう。また、結構な時間にもなっていた。
明日の朝には、上弦はまたいなくなる。
最後の夜くらい、一緒にいてやればいいのにと思った。
「じゃあ、朔のバイト先まで送るわ」
このまま朔のアパートへ送りたいところだが、ベスパを取りに行かなければならなかった。走り出したセダンの助手席に収まりながら、朔も疲れてしまったのか、無言だ。
「朔……眠い? だったら着いたら起こすから、寝てな」
眞玄の呼び掛けに、朔ははっとしたようにこちらを向いた。
「わり、考え事してただけ」
「なにを考えてた?」
「……さっき、眞玄に言われたこと」
「重かった?」
「……重いわ。てゆーか、なんで眞玄は、俺なんだ? 俺はさ、結局前にいたベースの補充で入った、後付けなわけだよ。俺が力不足だってんなら、眞玄は顔が広いんだから、いくらでも替わりのベーシスト見繕えた、と……思う」
少しネガティブな思考が入っているな、と眞玄は思ったが、それは指摘せず、さっき買ったペットボトルの水に口をつける。
「なあ、なんで俺?」
「んー……なんでって……一目惚れ? ってのは、違うか。波長が合った、というか……フェロモン? て俺言ったけど、なんかそういうわけわかんないのに捕まったのもあるし……」
「だからなんなんだよ、それは」
なんだと言われても、眞玄にもうまく説明出来ない。ただ、初めて出会った時から、ずっとそれに捕らわれている。
「俺は目を瞑ってても、朔が傍に来れば朔だってわかるよ。そういう、本能的なもんかなあ……ただ、それだけだったら別に、バンドとか関係なくさ、口説いて俺の物にすりゃいいだけだし……」
「えらい自信家発言だなそりゃ」
口説けば100%落ちるみたいな言い方をされて、朔は少しむっとする。
「いや、だって俺は好きな子は落とすまで諦めないから」
「……さすがはイケメンの思考回路だな。一歩間違えばストーカー」
ちょっと呆れたような声音に、眞玄は苦笑した。
「いやいや……ストーカーとかないわ。……俺はなんか、すげー軽く見られる傾向があるからさ。なかなか本気に取られなくて苦労してんだよ、これでも。こっちが本気で好きになっても、相手はお手軽な遊び相手、みたいに思ってたり……めっちゃ誤解される」
「遊び相手……ねぇ」
それって、どういう相手? 単なるカラダだけの関係? と内心突っ込んだのが聞こえたのか、眞玄はむきになって続ける。
「俺は本気だ、って言ってんじゃん。こっちは真剣に付き合ってるつもりなんだから、エッチだってそりゃするよ? だけど、向こうは俺が遊びだと思ってんの。なんなんだろね」
「……チャラいからじゃね」
眞玄は不本意そうに少しだけ沈黙し、もうそのことについて言い募るのはやめた。
「まあいいよ、それはもう……でもねえ、俺、朔に関しては、最初から諦めて代替え探しちゃったんだよね。俺の勝手で、失いたくなかったから。まあ結局は、理性が本能に負けたけど」
話の矛先が自分に戻ってきて、朔はどきりとする。
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