30 / 70

第30話 朔(1)

 祭りの最後に眞玄と朔と音緒の三人で、花火を見た。花火大会とはまた違う、小規模な玉数だったが、夜空に咲く大輪の花は、きれいだった。  歩き疲れた音緒を肩車してやって、しばらく何も言わずにそれを見ていた。 (ちょっと唐突すぎたかも)  花火が始まる前に朔に対して、結構重たいことを軽々しく口にした自覚はあった。昨日の今日で、今後の人生を左右させるような科白は確かに、朔にとっては戸惑いの対象となるのだろう。わかってはいたがあえて口にした。  了承が欲しいわけではなかった。ただ、伝えておきたかった。  眞玄のやりたいことの為に、人生を賭けて欲しい。その為には、ずっと傍にいて一緒に頑張って貰わないといけないのだ。 「音緒、寝ちゃったなあ」  車に戻り、後部座席に乗せていた音緒がやけに静かだと思ったら、眠っていた。チャイルドシートから落っこちそうに斜めに傾いていたので、手を伸ばし直してやる。だいぶはしゃいでいたし、疲れたのだろう。また、結構な時間にもなっていた。  明日の朝には、上弦はまたいなくなる。  最後の夜くらい、一緒にいてやればいいのにと思った。 「じゃあ、朔のバイト先まで送るわ」  このまま朔のアパートへ送りたいところだが、ベスパを取りに行かなければならなかった。走り出したセダンの助手席に収まりながら、朔も疲れてしまったのか、無言だ。 「朔……眠い? だったら着いたら起こすから、寝てな」  眞玄の呼び掛けに、朔ははっとしたようにこちらを向いた。 「わり、考え事してただけ」 「なにを考えてた?」 「……さっき、眞玄に言われたこと」 「重かった?」 「……重いわ。てゆーか、なんで眞玄は、俺なんだ? 俺はさ、結局前にいたベースの補充で入った、後付けなわけだよ。俺が力不足だってんなら、眞玄は顔が広いんだから、いくらでも替わりのベーシスト見繕えた、と……思う」  少しネガティブな思考が入っているな、と眞玄は思ったが、それは指摘せず、さっき買ったペットボトルの水に口をつける。 「なあ、なんで俺?」 「んー……なんでって……一目惚れ? ってのは、違うか。波長が合った、というか……フェロモン? て俺言ったけど、なんかそういうわけわかんないのに捕まったのもあるし……」 「だからなんなんだよ、それは」  なんだと言われても、眞玄にもうまく説明出来ない。ただ、初めて出会った時から、ずっとそれに捕らわれている。 「俺は目を瞑ってても、朔が傍に来れば朔だってわかるよ。そういう、本能的なもんかなあ……ただ、それだけだったら別に、バンドとか関係なくさ、口説いて俺の物にすりゃいいだけだし……」 「えらい自信家発言だなそりゃ」  口説けば100%落ちるみたいな言い方をされて、朔は少しむっとする。 「いや、だって俺は好きな子は落とすまで諦めないから」 「……さすがはイケメンの思考回路だな。一歩間違えばストーカー」  ちょっと呆れたような声音に、眞玄は苦笑した。 「いやいや……ストーカーとかないわ。……俺はなんか、すげー軽く見られる傾向があるからさ。なかなか本気に取られなくて苦労してんだよ、これでも。こっちが本気で好きになっても、相手はお手軽な遊び相手、みたいに思ってたり……めっちゃ誤解される」 「遊び相手……ねぇ」  それって、どういう相手? 単なるカラダだけの関係? と内心突っ込んだのが聞こえたのか、眞玄はむきになって続ける。 「俺は本気だ、って言ってんじゃん。こっちは真剣に付き合ってるつもりなんだから、エッチだってそりゃするよ? だけど、向こうは俺が遊びだと思ってんの。なんなんだろね」 「……チャラいからじゃね」  眞玄は不本意そうに少しだけ沈黙し、もうそのことについて言い募るのはやめた。 「まあいいよ、それはもう……でもねえ、俺、朔に関しては、最初から諦めて代替え探しちゃったんだよね。俺の勝手で、失いたくなかったから。まあ結局は、理性が本能に負けたけど」  話の矛先が自分に戻ってきて、朔はどきりとする。

ともだちにシェアしよう!