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第33話 手枷足枷(1)
眞玄は愛用のギターをケースに仕舞い込み、肩に掛けて、微妙に混雑している電車に乗り込んだ。一人だった。
座席は大体埋まっていたし、立っているのは特に苦ではなかったので、窓の外をなんとはなしに見ながら突っ立っている。たまにマナーモードにしてあるスマートフォンのバイブが鳴っては、それに目を落とし、軽く返信を繰り返す。知り合いが多いので、一日の通信量は結構かさむ。いつもならそれは苦ではない。しかし今日はなんとなく億劫だった。
昨夜家に帰ってきて、音緒を客間に敷いた布団に寝せてから、眞玄はまた出掛けた。上弦はまだ帰っていなかった。
少し遅い時間ではあったが、二十四時間営業のファミレスで浄善寺と直接話した。電話で話すことでもないかと思ったし、今日出掛ける前に一度話したかったのだ。
「……おまえ、そういうのはもう少し早く、俺に相談しような」
頼んだチョコパフェの奥の方をかき混ぜながら、浄善寺は不本意そうに文句を口にする。眞玄もなんとなく、コーヒーフロートに浮かんだアイスをぐるぐるしている。
しじら織りの浴衣のまま、いかにもお祭り帰り、という雰囲気の眞玄とは対照的に、浄善寺はもう寝るつもりだったらしくて地味な色の部屋着全開だ。一応外に出るのだから、着替えるとかしたらいいのに。珍しく眼鏡を掛けていない浄善寺は、可愛い顔が結構目立つ。それなのに服装は残念だった。
「えー、だってさ。じゃあ聞くけど、浄善寺はなんか将来のプランとかあったん」
「そりゃあるだろ。俺は卒業したら会計士でもなろうかと思ってた。資格も持ってるし手堅いかなーって。で、とりあえずバンドは眞玄が何も言わないから、趣味かなあと。趣味で続ける分には構わない」
「えええー、空気読めよ。俺結構真面目に活動してたじゃん」
「朔に無茶振りして? ふざけてるようにしか見えんわ」
呆れたように言ったあと、浄善寺はふと声をひそめる。
「そいや眞玄。おまえ朔とどうした……? 俺の忠告無視して、肉欲優先させただろ」
いきなり核心に触れられて、眞玄はコーヒーフロートをぐるぐるするのをやめる。
「なんでわかるの?」
「俺への返信が翌日の昼とか、普段の眞玄ならありえないだろ。だから朝帰りコースかと思って。当たりか」
「やっぱ浄善寺するどいわー。お察しの通りですよ。だって朔、酔っ払って俺のこと誘惑すんだもん」
「お花畑かおまえの頭は」
眞玄が勝手に自分に都合良く解釈していると思って、浄善寺は冷たく指摘した。
「秘密だからねえ。朔が嫌がるだろうから、その話は振らないでやって?」
浄善寺に冷たくあしらわれるのに慣れているので、眞玄はまるで気にしない。
「まあ、無理矢理じゃなきゃ、俺は口出ししないけど。……てゆーか無理矢理じゃないよな?」
「ちゃんと合意の上でいたしました。そんな強姦魔みたいな真似しないし」
酒の勢いはあるだろうが、一応合意の上と言ってもいいだろう。とても満足の行く結果になって、お祭りデートを提案した浄善寺には感謝している。尤も彼としては、ここまで予想して提案したわけでもないのだろうが。
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