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第36話 内側と外側(1)
しばらく電車に揺られて、途中乗り換えたりしながら「地下鉄嫌い」なんて内心悪態を付きつつ、目的の駅で降りる。そこからまた少し炎天下を歩き、一つのビルに辿り着いた。
「遠すぎ……」
ぼそっと独り言を漏らして、エレベーターで階を上がる。6Fで止まり、特に迷うこともせずに事務所へ向かう。何度も来たことはあったので、迷いようがなかった。受付に担当者の名を告げ、待っていると程なくして30代半ばの男が笑顔でやってきた。ワイシャツにネクタイ姿だが、サラリーマンにはあまり見えない。
西野だ。
色々なところに顔を出しては、有望な人材を見つけてくるスカウトのプロだ。眞玄もこの男のお眼鏡にかなった一人だった。
「眞玄、暑かっただろ。こっちにおいで」
にこにこと手招きする西野の方へ歩いてゆく。
「うん、暑かった……マジ遠いし」
「もう上京しちゃったら? 住む場所提供するよ」
眞玄と並ぶと若干小柄に見える西野は、人当たりの良い男で、眞玄も嫌いではない。けれど上京と聞いて渋い反応を示す。
「大学もあるし、ばあちゃん残して家を出る選択肢が、俺の中にはなくてー。昨日なんか、家の名義を俺にするとか言い出すんだよ。まいった」
「眞玄はおばあちゃん子だなあ。……ま、いいか、とりあえず。さてさて、一緒に冷たい物でも」
応接室に通されて、ソファに座る。少ししてアイスコーヒーが出てきた。
「そうだ眞玄。お祭りの三味線動画、見たよ。面白かった。知らなかったけど君、加納上弦氏の息子さんだったの。そういうふうに見れば、確かにそっくりだよね」
「……放置されてるけど、一応息子。なに、知ってんの俺の親父」
「まあ、その筋では結構名前通ってるよねえ。色々な意味で」
なんだか急に居心地が悪くなった。あまり上弦のことには触れたくないという気持ちが、眞玄の中にある。というか、色々な意味とはなんだ。悪い意味でか。態度でかいし軽いしな……と、自分のことを置きっぱなしにして、眞玄は思った。
「てゆーか、あの動画でなんで親父のことまでわかるん」
「まあちょっと調べたんだけどね。動画にそれらしき人物映ってたから……、あとは芋蔓式に……で、ああいうの、今後もやりたい? ギターとどっちが好き?」
「どっちが好きとか比較したことないけど……うーん、親父と同じことは、メインではしたくない。色眼鏡で見られるだろうし」
「なるほど」
にこにこしながら、西野はグラスに口を付けた。
「……で、西野さん。話がある」
「だから来たんだよね? 別に今日来なくても、もう少ししたら君のとこ定期訪問する気だったし」
微笑んで、話を促してくれる。話しやすくて助かる。
「まず聞きたいんだけど、どうして西野さんは、俺のやってるバンドはスルーして、俺個人に来るんだろう」
「ああ、それね。……まあ別に、うちもバンドは全然構わないんだけど、はっきり言うよ。力不足」
「……はっきり言ったね」
あまりにストレートに言われたので、さすがの眞玄もびっくりした。
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