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第35話 手枷足枷(3)
「俺は身の程を知ってる。……気づいてないとでも思ってんだろうけど、おまえ結構以前からスカウト来てんじゃん。そこに乗ればいいだけの話だろうが。眞玄は器用だから、一人でなんでもやれる」
「――むかつくわぁ、その物言い」
普段あまり怒りの感情を出したりしない眞玄だったが、褒めながら突き放した相手に気づき、若干切れ気味に呟いた。だいぶ気に障ったようだった。
わからずやの浄善寺が悪い。
しかしそんな眞玄の怒りをものともせず、浄善寺はまっすぐにこちらを見る。
「俺はおまえの足枷にはなりたくない」
「そんなふうに思ったことないし! ああもう、この話一旦やめ! さっき俺プレゼンし直すって言ったわ。今日は打ち切り」
ちょっと声が大きくなっている自分に気づいて、眞玄はまた黙り込んだ。苛ついていた。
結局は有意義な話し合いも出来ず、言葉少なく浄善寺を家まで送って帰宅した。
昨夜揉めた一件を思い出し、電車に揺られながら眞玄はため息をついた。
昨日の昼間、祖母と話している時に芸能事務所の西野という担当者の男から連絡があって、今日会うことになっている。
たまに顔を出すのは、一応コネクションを繋いでおこうという意識からだった。怪しげな事務所でないのは調べ済みだ。眞玄も聴いたりするアーティストが所属している中堅だった。
(ZION とか、俺も好きだし。信用は出来ると思う)
所属しているボーカルとギターの二人組ユニットを頭に浮かべてみる。ギタリストとして凄く参考になるし、ボーカルも洗練されていた。デビューしてからずっと安定した人気を誇り、テレビ露出よりむしろライブ活動に力を入れている印象だった。
その姿勢は、眞玄の好みだ。自分も出来るならそういう路線でやりたいと思っている。やはり自分は、観客がいてなんぼなのだ。
けれど、それを一人でなんて、あまりに寂しい。
(浄善寺、知ってたんだ……)
見えないところでやり取りしているつもりだった。けれどそういう行動はもしかしたら、浄善寺にとっては不信に繋がるのかもしれなかった。
かといって、どんな態度を取れば良かったのか。バンドでなく、眞玄個人にアプローチをかけている事実を、どのように伝えたらベストなのだ。それこそ亀裂が入りそうで嫌だったし、自分の考えとしてはあくまでもバンドでやりたいのだ。
(なんだよ……身の程って。ざけんな)
彼のドラムは巧い。正確にリズムを刻み、眞玄のギターに絡み付く。安心して聴いていられる。
(それとも俺は……見えてない? もっと客観的になるべきなのか)
考えるがよくわからない。
軋轢など生みたくはない。喧嘩なんて本意ではない。浄善寺は大切な友人で、失いたくない。
けれど、とりあえず昨日話していて、一つ浮かんだプランがあった。先方がどう取るかはわからないが、ひとまず行動は決めた。
どうなるかは不明だが、動かないで悩むより、よほど有意義だった。
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