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第26話 経糸、緯糸(2)
眞玄が寂しかったのを、祖母は知っていたのか。
……そう思ったら、申し訳なさで胸がいっぱいになって、急に苦しくなった。
「ばあちゃん……もし介護が必要になったら、ちゃんと俺が世話してあげるからね」
「……気持ちは嬉しいけど、その時は介護施設に入れてくれるかい。色々不安だから」
眞玄の突飛な発言に、祖母は素っ気なく返す。照れ隠しなのか、本当に不安なのかは、その表情からはわからなかった。
「それとねえ、この家はアタシが元気なうちにおまえ名義に書き換えたいから、あとで手続きに付き合うんだよ」
「え、だってお母さんすっ飛ばして、そんなこと出来るの。てゆーか別に俺は……あと固定資産税払いたくないし」
家が欲しいわけではなかった。
祖母と二人で暮らすには広い家だ。音緒が増えたところで、広いことに変わりはないが、名義など実際どうでも良かった。
急に何を言い出すのだろう。元気なうちに、だなんて、そんな言い方されたらなんだか不安になる。
しかし祖母は眞玄の気持ちを知ってか知らずか、ちょっと苛ついたように言い捨てる。
「前にアタシと養子縁組したの忘れたかい。おまえの母親は、我が娘ながら駄目だよ。皆自分勝手で、嫌んなる。眞玄にここを守って欲しいから言ってるんだ。これはアタシの、我が儘だよ。固定資産税とかみみっちいこと言ってるんじゃないよ。贈与税だってかかるよ」
「やだよそんなの」
「なんとでもなるだろ」
祖母も言い出したら意見をなかなか変えない人なのは知っていた。
……養子縁組。
確かだいぶ以前に、そんな手続きをしたのは頭の隅にあった。祖母という立場より、養母という立場の方が色々面倒がないという理由でそうしたはずだったが、普段意識するようなことでもなかった。祖母は祖母だ。
「……ばあちゃん、俺はさ。俺の意思でお母さんについていかなかったんだよ」
「会いに来るくらい、出来るだろう。上弦の方がまだしもだ。どっちがアタシの子供かわかりゃしない」
この話になると長くなる。しかし正直なところ、実の娘……母に対して、祖母の口から苦言が出るのを聞いていたくはなかった。恨めしく思っているわけではない。
「ねえこの話、もうやめよ。……あ、電話。ちょっとごめんばあちゃん」
母が会いに来ないのは、本当だった。違う家庭を築き、生活があるのは知っている。そして多分、成長するにつれて上弦に本当に似てきた眞玄に、会いたくないのだ。
寂しいが仕方ない。母親と普通に会える朔を羨ましいと感じても、それを口には出来なかった。
祖母の長話から逃げるように、眞玄はその場をそそくさと去る。電話がかかってきたのは本当だった。言い訳ではない。
少し電話の相手と話してから、ふと家の中から何気なく駐車スペースに目をやった。眞玄の顔が不審に曇る。
「俺の車がない……」
そして出掛けたはずの、上弦のセダンがそこには残されていた。
「まくろー。パパがさっき乗ってった」
音緒がまたいつのまにか眞玄の傍にいて、シャツの裾を握っていた。
「意味わかんねえわ。なんで俺の車乗ってっちゃうの?」
ため息をつき、音緒に視線を落とす。
「……そうだ音緒。浴衣、着るか? さっきばあちゃんが出してくれた」
「きる! まくろも」
「俺? ま、いいけど……じゃ、着せてあげる。そのあと一緒に出掛けよっか。お祭り行く?」
「いく!」
音緒は元気だ。
正直今まで兄弟とかに縁がなく、小さい子の相手というのはしたことがなかったのだが、急に出来た弟の存在がなんとなく嬉しかった。
自分用に、昨日着ていたのとはまた別のを桐箪笥から持ち出して、音緒にも先程受け取った浴衣を着付けてやると、二人で家を出た。
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