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第44話 壱流(1)

 何故だか壱流に気に入られ、夜に西野同伴でホテルのラウンジでアルコールを交えて三人で話した。どのみち今夜はこのホテルに宿泊することになっていたので、眞玄も軽く飲んだ。 「あまり周囲には言ってないけど、実は来月ね、俺が昔いたバンドがメジャーに移ってくる。生憎他のプロダクション経由だけど」  壱流はマティーニのグラスに口をつけながら、ふと切り出した。西野も何を言い出すのかな、というような顔で壱流を見ている。運転手なのか、西野の手元にあるのはノンアルコールのカクテルだった。 「え、昔いたバンド? ずっと二人だったわけじゃないんだ……」 「まあ、色々あるよね。……例えば今更だけど、現在の俺がそのバンドの音に馴染めるかって聞かれたら、正直ベクトルが違ってて、無理なんだけど……人としては普通に付き合うことが、出来ると思う」  淡々と喋る壱流は、何を言おうとしているのだろうか。マルガリータを少し口に含み、眞玄は考える。  昼間、野暮用で不在、というZIONのギタリストの替わりに、壱流の横でギターを弾いた。  自分より少しだけ目線の低い壱流は、なんというか正体不明の色気をまとった男だった。眞玄は朔を好きだが、それでもなんとなくどきっとする。その壱流も、歌い出すと本当に凄くて、眞玄のテンションが自然に上がった。腹の底から出る声が、他者を圧倒する。  邪魔をしてはいけない。  ミスを許されない雰囲気に、適度に緊張感を持って挑んだ。貴重な体験をした。  普段ZIONのギタリストの出す音というのは、骨の髄まで響き渡るような重たいギターで、それを模倣するのは結構大変だ。が、途中から好きにやって良いと壱流に言われて、肩の力が抜けた。  楽しかった。確かに気分転換になった。  壱流も普段自分の隣にいるギタリストとは違う人物、ということで、何だか新鮮だったようだ。機嫌良く歌っているように見えた。西野が言うには、非常に珍しい事態らしい。 「眞玄はさ、普段はバンドなんだろう。でも、そこから抜け出して一人でやろうとしてる」 「……俺自身は、バンドでやりたいんだけど」  ちらっと西野に視線をやるが、視線の先には笑顔を浮かべた曲者がいるばかりだ。 「まあ、理由はなんでもいいよ。……で、ね。俺が言いたいのはさ、環境って大事だよね。とにかく、俺は竜ちゃんのギターで歌いたかったから、バンドへの未練なんてなくて、あっさりそこから抜け出したんだ。悪気とか全然なくてさ。でもそれで、俺達はちゃんと、結果を残してると思う。それが俺にとっての、ベストな環境だったんだろう」  眞玄の現在置かれている立場とは少し違うが、壱流が何を言わんとしているのか、なんとなくだがわかった。 「つまり……違ってたらごめんだけど、こういうこと? 俺はとりあえず一人で頑張ってみて、それがベストな環境なのかを見極めろってこと? 結果を残せたら、ベストだったってことなのかなー」 「まあ、やってみないとわからないだろうけど。バンドはバンドで、いいよね。だからそれは別腹として考えたっていい。ただ、西野さんの審美眼は正しいと思うし、言われたように行動してみるってのもアリだよ。眞玄はまだ若いから」  言われた通りに……。  それは簡単なように思えても、眞玄にとっては結構難しい。自分のやりたいことだけをやってきたので、他人の思い通りになるのは抵抗があった。

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