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第45話 壱流(2)

 それでも、求められたものをやるのがプロだ。それがその道で食べてゆく、ということなのだろう。 「あとは、……もしバンドやめることになったとしても、友達は、友達だからさ。もしそこで駄目になるようなら、それは自分とは縁のなかった人達なんだよ。……眞玄は、そういうのもひっかかってない?」 「……うん。そうかも」  素直に認めた相手に壱流は微笑んで、グラスを置いた。空になっているそれに気づき、西野がメニューに目を落とす。 「壱流、何頼みます?」 「いらない。そろそろ帰る」 「そうですか……じゃあ、送ります。眞玄、一人で大丈夫?」  送ろうと立ち上がった西野を、壱流は制した。 「俺は一人で帰れるから、西野さんは残って。まだ話、あるんだろう。……じゃあ、眞玄、またね」  またね、と濡れた目で言われて再びどきりとする。多分少し、酔っている。 (こんなこと言ったらアレだけど、壱流って結構……)  かっこいいのに、それこそ妙なフェロモンがある。しかしそれは口にせず、眞玄は「今日はありがとうございました」と壱流を見送った。 「……壱流、帰っちゃったねえ。大丈夫かな?」 「西野さん、結構心配性?」 「いや、はは。酔ってたから。でも眞玄、良かった。壱流はわりと猫気質だから、気まぐれなんだけど、……ほんと、珍しい。気に入ってたよ、眞玄のこと。ギターの件はほんとびっくりした。どうしたのかな」  自分のグラスが残り少なくなっていたので、西野はまたメニューを見る。 「あー、僕も飲みたいなあ。壱流送迎ミッションなくなったし、飲もうかな?」 「んじゃ俺も、なんか追加していい?」 「飲みすぎないようにね」  それから少し二人で飲みながら、世間話をしていたら、西野と壱流は、血縁ではないものの親戚関係に当たるらしいことを知って驚いた。だがそんなことはまさに余談であり、徐々に仕事の話へと移り変わる。 「公式にやるバンドでなくても、眞玄自身がうちと契約を結ぶ関係上、勝手なことは出来なくなるよ。つまり、プラグラインは事務所の管理下に置かれることになる。ライブ日程も任意に決めることは出来ないし、今みたいに普通のアマチュアと同じことは、出来なくなる」 「……やっぱそうなるよね」 「うん、だから、事前にいついつどうすると報告をして、スケジュールに不都合が出ないようにさ、すればいいんだけど……あと、汚い話かもしれないけど、お金のことも絡んでくる」  西野はジントニックを飲みながら、おつまみの皿に手を伸ばす。 「まあ……それは仕方ないよね。だけど、色々面倒だわ」 「仕方ないことだよ。眞玄は商品になるんだから」 「商品て、エロいわー西野さん」  眞玄の不意打ちに、西野は軽くむせる。別に卑猥な意味はないのはわかっているが、なんとなく茶化したくなった。 「エロいわー、とか言ってない。眞玄そういや君ね、下半身関係はどうなの」 「え? 普通についてますが何か」 「君女の子にだらしなさそうなイメージだから、心配なんだけど。もしそういうのでトラブル起こすようだと、ちょっとね。だから把握しときたい」  また誤解されている。もう否定するのも面倒で、悲しくなってくるが、一応否定しておく。 「ないよ。今一人だけ、そんなのがいるけど、絶対バレないように気を付けるから……目ぇ瞑って」 「どんな子? 口軽くない?」 「それは平気だと思うし……朔、なんだけど」 「……意外な名前が出てきてびっくりだよ」  西野は何秒か絶句してから、呟いた。その口から出てきた名前が、自分もわりと気に入っていると言ったベーシストだなんて、意外にも程があるのだろう。女の子以前の問題だ。 「西野さんは秘密に出来る人だと思うから、信じて申告したんだからね。野暮なことすんなら、俺は言うこと聞かないし」 「いやいや、別に構わないよ。くれぐれもバレないようにね。……でも眞玄、ゲイだった?」 「違うけど。めっちゃヘテロ。今回のは例外」 「なら大丈夫だろうけど、壱流には絶対手ぇ出さないでね。あの人そういう趣味の男に、妙に人気あるんで。でも本人はそういうネタ、大嫌いだから」 「あー、わかる気がする。雰囲気がね。でも心配しないで。俺、一途だし」  軽く笑った眞玄に、安心したように西野も笑った。

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