45 / 70
第45話 壱流(2)
それでも、求められたものをやるのがプロだ。それがその道で食べてゆく、ということなのだろう。
「あとは、……もしバンドやめることになったとしても、友達は、友達だからさ。もしそこで駄目になるようなら、それは自分とは縁のなかった人達なんだよ。……眞玄は、そういうのもひっかかってない?」
「……うん。そうかも」
素直に認めた相手に壱流は微笑んで、グラスを置いた。空になっているそれに気づき、西野がメニューに目を落とす。
「壱流、何頼みます?」
「いらない。そろそろ帰る」
「そうですか……じゃあ、送ります。眞玄、一人で大丈夫?」
送ろうと立ち上がった西野を、壱流は制した。
「俺は一人で帰れるから、西野さんは残って。まだ話、あるんだろう。……じゃあ、眞玄、またね」
またね、と濡れた目で言われて再びどきりとする。多分少し、酔っている。
(こんなこと言ったらアレだけど、壱流って結構……)
かっこいいのに、それこそ妙なフェロモンがある。しかしそれは口にせず、眞玄は「今日はありがとうございました」と壱流を見送った。
「……壱流、帰っちゃったねえ。大丈夫かな?」
「西野さん、結構心配性?」
「いや、はは。酔ってたから。でも眞玄、良かった。壱流はわりと猫気質だから、気まぐれなんだけど、……ほんと、珍しい。気に入ってたよ、眞玄のこと。ギターの件はほんとびっくりした。どうしたのかな」
自分のグラスが残り少なくなっていたので、西野はまたメニューを見る。
「あー、僕も飲みたいなあ。壱流送迎ミッションなくなったし、飲もうかな?」
「んじゃ俺も、なんか追加していい?」
「飲みすぎないようにね」
それから少し二人で飲みながら、世間話をしていたら、西野と壱流は、血縁ではないものの親戚関係に当たるらしいことを知って驚いた。だがそんなことはまさに余談であり、徐々に仕事の話へと移り変わる。
「公式にやるバンドでなくても、眞玄自身がうちと契約を結ぶ関係上、勝手なことは出来なくなるよ。つまり、プラグラインは事務所の管理下に置かれることになる。ライブ日程も任意に決めることは出来ないし、今みたいに普通のアマチュアと同じことは、出来なくなる」
「……やっぱそうなるよね」
「うん、だから、事前にいついつどうすると報告をして、スケジュールに不都合が出ないようにさ、すればいいんだけど……あと、汚い話かもしれないけど、お金のことも絡んでくる」
西野はジントニックを飲みながら、おつまみの皿に手を伸ばす。
「まあ……それは仕方ないよね。だけど、色々面倒だわ」
「仕方ないことだよ。眞玄は商品になるんだから」
「商品て、エロいわー西野さん」
眞玄の不意打ちに、西野は軽くむせる。別に卑猥な意味はないのはわかっているが、なんとなく茶化したくなった。
「エロいわー、とか言ってない。眞玄そういや君ね、下半身関係はどうなの」
「え? 普通についてますが何か」
「君女の子にだらしなさそうなイメージだから、心配なんだけど。もしそういうのでトラブル起こすようだと、ちょっとね。だから把握しときたい」
また誤解されている。もう否定するのも面倒で、悲しくなってくるが、一応否定しておく。
「ないよ。今一人だけ、そんなのがいるけど、絶対バレないように気を付けるから……目ぇ瞑って」
「どんな子? 口軽くない?」
「それは平気だと思うし……朔、なんだけど」
「……意外な名前が出てきてびっくりだよ」
西野は何秒か絶句してから、呟いた。その口から出てきた名前が、自分もわりと気に入っていると言ったベーシストだなんて、意外にも程があるのだろう。女の子以前の問題だ。
「西野さんは秘密に出来る人だと思うから、信じて申告したんだからね。野暮なことすんなら、俺は言うこと聞かないし」
「いやいや、別に構わないよ。くれぐれもバレないようにね。……でも眞玄、ゲイだった?」
「違うけど。めっちゃヘテロ。今回のは例外」
「なら大丈夫だろうけど、壱流には絶対手ぇ出さないでね。あの人そういう趣味の男に、妙に人気あるんで。でも本人はそういうネタ、大嫌いだから」
「あー、わかる気がする。雰囲気がね。でも心配しないで。俺、一途だし」
軽く笑った眞玄に、安心したように西野も笑った。
ともだちにシェアしよう!