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第43話 新月の闇(3)
勿論そのままの状態で出すつもりはないのだろう。先ほど西野が言った通り、プログラムでも組んで機械に補完させるのだろうが、それでも眞玄の力がどれだけあるのかを見極める為にそうしているのだ、と感じた。
だから、気を抜かない。
黙らせてやる。そういう意識で歌い、弦を弾く。
さっき眞玄は、考えに考えた末の結論を西野に言った。それは、浄善寺も、朔も、眞玄の傍に存在しない道筋だ。
それはとても寂しい。
浄善寺には否定された。朔もまだそのレベルではないのを眞玄は知っている。けれども、目の前にあるこのチャンスを逃すのもまた惜しい。いつ見切りをつけられるかなんて、わからない。焦っているわけではないが、上弦に、プロになれないならやめろと挑発的なことを言われて、己の中の欲望に気が付いた。
だから、苛ついた。
眞玄のことを理解して言っているのだろうか。傍にいなくても、血の繋がった父親であることに変わりはない。多分上弦は、自分と良く似た息子の本心を、見抜いているのだ。
朔を欲しいという欲望とはまた別の、眞玄の本能だ。
出来ないわけではない。多分出来る。けれどもそれは、まるで、
(新月の闇だ)
新月の夜はさ、確かに足元も暗くて少し不安になるけど、それはこれから満ちて行く為に必要なステップなんだよ。
昨日朔に言った、自分の言葉を思い出す。あれは、自分に向けて言った言葉ではなかったか。あの時既に、漠然とした答えが、出ていたのではないか。
勿論、将来的にどうなってゆくのかわからない。月が満ちる前に、雲間に隠れてしまう可能性だってある。それでも、本能に突き動かされる。この指が、この喉が、心臓が、衝動を押さえ切れない。
(俺は上弦と同じ種類の人間だ)
やりたいことの為に、命を懸ける。普段そんなことを考えているなんてのは、軽い笑顔で上手く覆い隠してしまい、周囲には悟らせない。一生懸命になっている姿など、見せるのは眞玄の性分に合わない。
バンドのことだって、眞玄は絶対に諦めるつもりはなかった。
最終的には、必ずプラグラインを認めさせてやるつもりでいる。西野にうんと言わせてみせる。だからまずは、二人の意識をどうにか変えてやりたいのだ。
その布石として、眞玄はソロで出ることを考えた。それは具体的なプランニングであり、この行動こそが浄善寺に対するプレゼン行為だった。
(なんて言われるかなぁ……朔、怒るかな?)
せめて曲が出来るまで待っても良かったかもしれないが、思い立ったが吉日、というのが眞玄の性格であり、軽々しく性急に見られる要因の一つだ。
休憩と言って、出されたドリンクに口をつけていたら、いつのまにか壱流が傍に立っていた。
「眞玄くんさ、良かったらちょっとだけ歌うの中断して、俺の為にギター弾いて貰っていい? 今日うちのギタリスト野暮用で不在なもんでさ。カラオケじゃ調子出ないし、少し眞玄くんも気分転換になるんじゃない」
「……え? あの、俺?」
「他に眞玄くんがいる?」
「あっ、えーと、俺のことは呼び捨てにしてくれると嬉しいなー。誰も俺のこと、くんとか付けないし……あ、壱流さんが、良ければだけど」
好きなアーティストに話しかけられて、いつもの調子が出ない。それにいきなり何を言っているのだろうか。
「壱流、珍しいこと言ってますね。他の人のギターとか、槍でも降るんじゃ」
「西野さん、借りていいだろう?」
「僕はまあ……眞玄がいいなら。どうする?」
「全然OKだけど……ほんとに俺でいいの?」
プラグラインとしてライブ活動する際、コピー曲も演っていた。ZIONの曲も、経験はある。弾けと言われれば、弾けた。通常のシングル曲なら大体暗譜出来る。それを言ったら、壱流は少しびっくりしたような顔をして、「頼もしいね」と小さく笑んだ。
壱流が何を思ってそんな提案をしたのか、その時はよくわからなかった。
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