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第47話 心の底にあるもの(2)
「すっげ、焼肉くせえ。……な、今日はさすがに風呂入ろ」
結局アパートに戻ったが、服やら髪についた焼肉の匂いをくんと嗅いで、眞玄も苦笑した。
「お湯ためて、一緒に湯船入るっての、どう」
「それこそ狭いわ。身動き取れねえよ」
「えー……入りたかったよう。朔、今度一緒に温泉! 行かない?」
またしても唐突なことを言っている眞玄は、臭いの染み付いたシャツを脱いでいる朔を、後ろから抱き締める。
「……朔、大好き。愛してる」
ちゅう、と首筋にキスを落として、うなじをなぞる。愛してる、なんて言われて朔は困った顔をした。なんと反応すれば良いのかわからない。恥ずかしすぎる。
「朔も言ってよ。最初の時みたいに、俺のこと好きって」
「……えー」
しらふの時に、なかなかそういう言葉は出てこない。口ごもる朔に、あまりしつこく言い募ることもせず、眞玄はあっさり話題を変える。
「少し髪切ったんだね。この切ったばかりの髪の感触、俺好きだよ。でも、カラーリングの臭いは、ちょい苦手」
「しゃあないじゃん。伸びたから、染め直したの」
「朔の髪色は、好き。なんかフェミニンな感じだよね」
「浄善寺には尖ってるって言われたけど。……眞玄の髪は、結構ずっと黒いよな。たまには染めたら」
「そうだねえ……何色がいい?」
自分で振っておきながら、朔は考えるように少し上を向き、すぐに前言撤回する。
「あ、でも眞玄は……着物には黒髪が似合うかも」
「着物、好き? 俺、小さい時から、三味線関係の会合とかでさあ、着てたから……なんか自然に俺も好きなんだよねえ……」
「着物の眞玄、……かっけえんだもん。反則」
ぼそっと漏れた朔の本音に、眞玄は嬉しそうに笑う。後ろからピアスの耳を甘噛みして、無意識のセクシーな声で「いくらでも着るよ?」と囁く。こんな声を耳元で囁かれたら、たとえその気がなくても眞玄に絡め取られそうだ。
「そいや朔、来年……成人式って羽織袴着るのかな? もしそうなら、俺が着付けてあげるよ」
「レンタルでもう予約はしてあるんだけど……出来んの?」
「そりゃ出来る。俺、年季入ってるもん」
淡々と会話しながらも、眞玄の器用な手が朔の体をなぞっている。上半身は既に脱いでいたので、平坦な胸を指が這い、あまり目立たない乳首に触れる。
「可愛いの、見っけ」
指先でそれをくにくにと弄ばれ、妙な気持ちになる。普段意識もしないが、ピンポイントで攻められると、変な感覚に捕らわれて声が出そうになる。このままシャワーも浴びずになだれ込まれそうな雰囲気になったので、朔は制止した。
「な、なあ……眞玄、風呂入るよな?」
「うん。脱がせてあげましょう」
ジッパーを下ろして、パンツも脱がしにかかっていたら、ふと朔の手が伸びて眞玄の腕に触れた。
「俺も……脱がせてやるから。眞玄の」
「え……照れるんだけど。……でも、うん。脱がせてくれる」
朔に回していた腕を解いて、脱ぐ為に少し身を離した眞玄は本当に照れている。何を恥ずかしがっているのか、朔にはわからない。
「朔から能動的になんかして貰えるのって、照れるわ。でもいいね、こういうの。相思相愛っぽくてさー」
「だったら、受身とやらもヤダとか言うな」
「それは別なんだよ!」
断固拒否、というような態度だった。それでも課題をクリアしたら、本当にする気なのだろうか。朔にもよくわからなかった。
「眞玄って、筋トレとかしてんの……この体」
もどかしく眞玄の服を脱がせると、何日か前にも見た魅惑的な体が現れて、朔の鼓動が早くなる。何もしないでこの体を維持出来るとも思えない。
「たまにジム行ってるけど、大体は自主トレね。なんか知らんけどチャラいって良く言われるから、せめてひょろい外見は嫌かなって、まあそんだけの話だよね」
「気にしてたんだ……チャラいって言われるの」
朔はおかしくなって、笑う。
「なに、朔はこういうの好き?」
「……わりと。なんか眞玄の筋肉の付き方、エロいよな。あんまムキムキしてんのはやだけど……マジ、いい具合に……って、言わせんな」
自分で言って気まずそうに目を逸らした朔の反応に、眞玄も笑う。
「ね、早くシャワー行って、エッチしよう。ほら、脱がせるの続けて続けて」
楽しそうに言われて、眞玄のベルトに手をかける。
お祭りに行く前は、眞玄とこんなことをする関係になるなんて、あまり想像もしていなかった。
超えてしまえば、結構それは朔としても抵抗なく受け入れられる現実だったが、この関係がずっとずっと続くのかと聞かれたら、わからない、と言うしかない。
(続くもんなのか、男同士なんて)
人生を頂戴、などと、言われて戸惑った。
眞玄がどこまで本気なのかわからなかった。
深く考えず、一緒にいたいならいれば良いとも思う。けれど向日葵は夏にしか咲かない。夏が終われば太陽に灼かれ、消え失せる。
自分の指が少しの間、眞玄のベルトで止まっていたのに気づいて、朔は軽く頭を振った。
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