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第49話 真黒の棘(1)
曲作りを邪魔しない、とは言ったが、ことが終わっても眞玄はなんだか帰りたくなさそうにしていた。素肌のまま、いつまでも朔のことを抱き寄せてくっついてくる姿は、何故だか一人の男というよりも愛情に飢えた子供のように思えた。
(なんか……様子が変?)
さっきまで朔を貪るように抱いて、眞玄にしかわからないという朔の匂いを確かめるようにしていた。あまりに距離が近くて、普段ならどきどきする。けれど今は、なんだか勝手が違っていた。
「眞玄、東京でなんかあった?」
眞玄に背中を預けていたのを、ころんと体勢を変えて向き直り、その目をじっと見つめる。
ああ、やっぱ眞玄ってかっこいいな、なんでか基礎地盤が既にチャラいけど……なんて思いながらも、どこか様子のおかしい相手に対し、朔は自分から顔を寄せて、軽くキスをしてみた。
触れた唇の感触に、ぼんやりしていた眞玄はキスを返す。朔の頬を手で包み、ピアスの舌を吸うように絡め取る。また眞玄の性欲に火がつきそうだと思い、朔の方から少し顔を離した。
「……朔、もっとしてよ」
「何を、言ってるん……。ああ、俺から能動的になんかされると、いいんだっけ?」
「うん、そう……萌えるわあ」
言いながらも、眞玄はごそごそと起き上がって、「ごめん、煙草吸ってもいい?」と呟いた。
「灰皿ないけど……まあ、いいか。空き缶でいい?」
ちゃぶ台の上に、捨てるのを忘れていた空き缶が置いてあった。
「ありがと」
普段あまり眞玄が喫煙しているところを見る機会は少ない。朔の前ではあまり吸わないようにしているのか、元々の消費量が少ないのかは不明だが、どちらにせよ朔にとってはレアだ。
「んーと……ね、どこだ」
脱いだジーンズのポケットから煙草とライターを探している。
「吸うのはいいけど、とりあえずそれ着るとかすれば。いつまでマッパでいる気だよ」
眞玄に解放されたので、ここぞとばかりに部屋着に袖を通しながら、朔は苦笑いした。
「焼肉臭いんだもん。なんか朔の服、貸してよ」
「サイズが……ちょっときつくね。あー、じゃあ上だけファブっといてやるから、とりあえず、下くらい履いとけ」
消臭剤を振り掛けている朔を尻目に、眞玄は仕方なく脱いだ服を下だけ履き直し、半裸で煙草をくわえ火を点ける。立ち上がって窓を開け、ぼんやりと紫煙を吐き出しながら、少しだるそうに髪を掻き上げた。
あまり染めたことのない黒髪は、眞玄に似合う。朔にも言った通り、カラーリングの匂いが嫌いなので染めたくないが、眞玄自身は特に黒髪にこだわっているわけでもなく、たまには色を変えても良かった。
それとも、勝手に色を変えたら西野に怒られるだろうか。
「朔、俺さー……怒らないで聞いて欲しいんだけど。ソロで契約することに、大体決まったわ」
突然の話題に、朔は一瞬何を言われているかわからなかった。
「……えと。どういう話?」
「うん。昨日俺、東京行ってたじゃない。あれねえ……俺のことを拾ってくれるって話を前からしてる、芸能事務所に行ってた」
あえて何でもないことのように淡々と喋る眞玄は、朔に視線を合わせない。どこを見るでもなく、目をさ迷わせている。
「……ああ、浄善寺が言ってた。眞玄にスカウト来てるって」
「余計なこと言ってんなあいつ。マジ蛇足」
少し苛ついたように呟いた眞玄に、朔の顔が曇る。浄善寺と会った際に、眞玄を怒らせた、と言っていたのを思い出した。遺恨が残るのだけはやめて貰いたかった。
「――眞玄、さっきおまえ……朔だけは傍にいて、なんて恥ずかしいこと言ったけど。浄善寺だってちゃんと眞玄のこと考えてると思うよ?」
「え、俺、そんなこと口走った? ごめん、ホワイトアウトしたわ」
嘘か本当か不明だが、眞玄は短くなってきた煙草を揉み消しながら、やっと朔の方を見た。
「浄善寺と喧嘩したろ? 仲直りしといてな」
「……朔、浄善寺と仲良いよね。なんで」
「は? ……仲良いかな? ……うん、なんか、気負いなく付き合える、数少ない人間かも……」
「ふうん」
あれ……嫉妬しているのかな? と感じ、朔は困ったように付け足す。
「眞玄、俺、浄善寺に……言ったから。おまえとのこと」
「……え? エッチしたってこと?」
「俺が眞玄を好きだって、ことをさ。で、浄善寺に、なんか、嫉妬は意味ないとかなんとか……言われて」
眞玄は黙って聞いている。何を言いたいのか、朔も途中からわからなくなってきた。
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