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第51話 真黒の棘(3)
「泣いてないし」
「泣いてんじゃん」
「だって朔が……朔のせいだ。……俺のこと泣かすなんて、生意気」
近くにあったティッシュボックスに手を伸ばし、眞玄に渡してやると、無言で受け取った。
「生意気で結構だよ。……見捨てねえし、置いてかねえよ。実際、逆だろ? おまえが俺達を置いてこうとしてんの」
浄善寺にも言った「取捨選択」という言葉がふと浮かんだが、それを言ったら眞玄が傷つくかと思って言わなかった。
実際問題として、ソロで活動しながら、バンドも続けるなんて出来るのだろうか。大学はどうするのか。考えてみれば色々と問題は山積みだ。
それでも眞玄を止めることは出来ない。
もしかしたら会えなくなる可能性だってある。
ひと夏だけで完結する関係、なんて眞玄には似合っている。そんなことを言ったらどう思うだろうか。
(ああ……俺も……一緒だな)
眞玄は、相手が本気にしてくれなくて苦労する、と言っていた。本気なのに、遊びだと思われると。
朔も意識しないで、同じように思っていた。眞玄は本気ではない。こんなのはすぐに終わってしまう、軽いお遊びなのだ。……そんなふうに、心のどこかで思っていた。
言葉や態度が軽すぎて信じられない。どこまでが本気なのか判断がつかない。誰にでも距離が近くて、誰とでも仲良く出来て、だからたとえ自分が特別な存在なのだとしても、それを納得出来ないのだ。
けれどそれは多分、眞玄の本意ではない。
(全然理解してねえの、こいつのこと)
ちゃんと本気で向き合ってやらなければならなかったのに。眞玄がこんなに寂しさの感情を隠していたのを、見抜けなかった。
けれど、どうすれば良いのか。眞玄はソロでやると言っているのに。
「抱っこしてよ、朔……」
「……抱っこって、あの……」
考えていたら、泣き顔のまま眞玄に手を伸ばされて、どきりとする。
「ぎゅうってしてよ。俺のこと」
「あ、ああ……そっちね。びっくりした」
またじわりと滲んできた涙を、仕方なく指先で拭いてやる。そして求められるままに、自分より図体のでかい男に手を回し、ぎゅっと抱き締めてやった。
心臓の音が聞こえた。
「どお? これでいいのか?」
聞いてみたが返事はない。
顔を上げて眞玄を見ると、泣きやんでいた。少し目が赤くなっていたが、普段の眞玄の顔だった。
「落ち着いた?」
「……うん……朔の匂い、安心する。……泣いたの秘密ね。特に浄善寺」
「なんで、泣くん……びっくりしたわ」
「図星突かれて、感極まったのか……朔の言う通り、感情のリミッターが外れてんのか……俺にもわかんないよ」
抱き締めてくれた朔の体を、今度はぎゅっと抱き締め返して、眞玄はそのまま布団に背中から倒れ込む。
「泣いたら眠くなっちゃったなー……でも、帰るか……朔の邪魔しないって、言ったもんね」
「時間的に楽器弾けるような状態じゃねえし、もういいよ……泊まってけば」
外食後部屋に戻ってきてから、だいぶ経過していた。畳の上の小さな目覚まし時計をちらりと見て、眞玄はため息をつく。
「……ごめん。俺、言ってることとやってることが、ちぐはぐな。また性欲優先させてんの」
「それはいいよ、もう……で、今後どうすんの。ソロって、つまりは事務所に所属して音楽の仕事するってことだろ。こっちから通うつもりか? バンドなんてやる暇あんの。学校は」
「全部どうとでもする。俺は俺の思う通りにしたいんだ」
どのように考えているのか不明だが、眞玄がやると言ったら本当にやりそうな気がした。
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