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第53話 理想論と正論(1)

「ふざけるな、そんなこと出来ない」  数日経過し、また西野と相談した後、今後のバンドの方針を、三人揃って話し合った。場所は、眞玄の部屋だ。畳と板の間で構成された、落ち着いた雰囲気の部屋。桐箪笥の傍にギターと三味線が並べて置いてある。桐箪笥なんて普通、眞玄くらいの年の男の部屋にはあまりないとも思うのだが、多分着物が仕舞ってあるのだろう。  なんとなく眞玄の匂いがして、朔はどきどきした。  とりあえずこんな流れになるんだけど、どうか、と意見を聞いたところの浄善寺の返事が、これだった。 「わー、頭ごなしだね、浄善寺」 「現実的じゃない」  また喧嘩が始まってしまうのではないかと、朔はひやひやしたが、とりあえず黙って動向を見守る。朔としては、眞玄が決めたことに従おうという方針だった。 「もっとわかりやすく」 「じゃあ言う。眞玄がソロで出てくということは、それはおまえが世間に露出するということだ。その上で非公式にバンドやる? やだね。おまえの附属品みたいに見られるのは真っ平だ」 「……うわあ。俺が考え抜いた末のプレゼンを、こうもあっさり一蹴するとか、さすが浄善寺は俺に対して容赦ないわ」  眞玄はふざけたように言ったものの、ちょっとむっとしているのが垣間見えた。それはそうだろう。人の気も知らずに否定をする浄善寺も、少し頑固だ。  けれど確かに、言うことに一理はある。眞玄だけの顔が知れている状態で、三人でライブなんてやっても、バックバンドみたいな目で見られるのは必至だ。それは多分、眞玄自身の意図からも外れるだろう。 「だから、眞玄、少しバンドは保留にしたらいい。おまえ大学だってあるのに、そんなあっちこっち、出来るか」  ふと、浄善寺が諭すような口調に変わった。言われた眞玄は首を傾げる。 「出来……ない?」 「出来ないよ。大体そんな時間目一杯使ったら、朔とデートなんて出来ないぞ」 「えっ、それは困る!」 「……は? ちょ……浄善寺……」  傍観者を決め込んでいた朔は、思わず口を挟む。いきなり何を自分を引き合いに出しているのか。しかし浄善寺は朔の方をちらりと見ただけで、また続ける。 「眞玄がそこまで言うんなら、時間をくれ。俺は俺のやり方でレベルを上げてやる。今だって他のヘルプ出てるんだし、俺にはドラムス叩く機会なんて腐るほどあるんだ。……だけどな、就職活動もきっちりやるからな。どっちに転んでもいいように、俺は行動する」  朔に対してはこんなふうに強く言ったりしないが、さすが長い付き合いだな、と少し羨ましくも思う。そんなことを考えていたら、浄善寺の矛先が、朔に向いた。

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