54 / 70

第54話 理想論と正論(2)

「朔は? どうしたい」  眞玄も朔をじっと見て、どう答えるのか待っている。二人に注目されてしまい、瞬間頭が真っ白になり、どう答えていいのかわからなくなった。 「……えと、」  黙り込んだ朔に、眞玄が「ブレイクターイム」と大きな声で言って立ち上がった。 「話の腰を折るな」 「浄善寺、恐いんだもん。ちょっと麦茶でも持ってくるからあ……休んでてよ」  それだけ言って、眞玄が部屋から出ていってしまった。浄善寺と二人きりで残された朔は、ちょっとため息をつく。 「浄善寺は、すごいな……ちゃんと自分の考え持ってて」 「いや、眞玄はさ、はっきり言わないと駄目なんだよ。でないと全部あいつの思う通りにされちゃうから。……だから朔、もし眞玄に許容出来ないような要求をされたら、ちゃんと断らないと駄目だぞ。体がもたんわ」  忠告されて、え、浄善寺どこまで把握してるんだろう、という疑問が浮かぶ。確かに眞玄のことを好きだとは言ったが、それ以上のことは教えていない。  考えていることを見抜かれたのか、浄善寺は少し困ったような顔をした。 「……あいつが好き好き言ってて朔もそうだってんなら、体の関係にならない方が無理があるだろ。……誰にも言わないし、安心して」 「え……う……うん……そうしてくれると……」  顔に血が昇っていくのがわかった。浄善寺にはなんだか頭が下がる思いだった。 「で……曲作りは進んでるの?」 「蝸牛(かぎゅう)の如く……でも、楽しい。正直眞玄が納得するかはわかんねえけど」 「納得させたら、どうなるんだ?」 「えっ、まあ……ポジションチェンジ……?」 「――はあ?」  浄善寺はよくわからない感じで不審な声を上げたが、しばらくしてから、ばっと朔の顔を見直した。  部屋の主が麦茶の入った三つのグラスをお盆に載せて戻ってきた時、何故か気まずい空気が流れており、眞玄はまた首を傾げた。  浄善寺が眞玄に言ったことは、確かに正論だった。話し合いを重ねた結果、バンドでのライブ活動は一時休止し、その間お互いが力不足を解消する為に動く、という結論に至った。  ライブをやらないにしても、時間を見て三人で集まって音は合わせるし、曲作りも続ける。ただそれを、表には一切出さず、すべて水面下で行う。そうすれば事務所の干渉も受けず、自分たちのペースで出来る筈だった。  大学をやめる、という選択肢はなかった。折角入ったのに途中でやめるなんてもったいないことはしたくなかった。本当に時間を目一杯使ったら、眞玄の言う通りに出来たかもしれないが、心に余裕のない日々は、きっと精神を摩耗させるに違いなかった。  西野も「ベターな回答だと思うよ」と賛同してくれた。ベストではないのか、とは思ったが、あえて言わなかった。  休止する前に、一応区切りのライブをやろうということにして、眞玄が朔に出した課題の締め切りの翌日に予定を組んだ。それはつまり、朔の二十歳の誕生日だ。それが終わったら、眞玄はただの一個人ではなく、芸能事務所の「商品」となる。  それは自分で選択した道だった。

ともだちにシェアしよう!