15 / 70

第15話 宵闇(2)

「朔、水は?」  部屋に上がり込んで、浴衣のまま畳に転がっている朔に水を渡そうとしたが、本当に眠いのか受け取ってもらえない。 「寝ないで。……俺に襲って欲しいのかな」  冗談ぽく笑って言った眞玄に、転がった朔は目をこじ開け、唸る。 「だって、眠い」 「じゃあ、もう寝な。ちゃんと布団で。とりあえず浴衣は脱ごっか……暑いでしょ」  部屋の端に二つ折りにしてあった布団を広げてやり、するりと帯を解いて、朔の胸元に手をかける。 「眞玄、ちょ……」 「――あ、そうだ」  脱がされそうになって急に眠気が飛んだ朔に、眞玄は何かを思い出したように一度止まった。 「キス」 「…………や、あの……俺了承はしてないっつーか」 「キスだけ。他はしない」  囁いて微笑む眞玄は、距離が近くて朔の心臓に悪い。畳の上に、まるで押し倒されるかのような体勢になっている。それでもアルコールが入っているからか、抵抗しなきゃ、とかいう考えが朧気になる。  どうしようか。  このまま、眞玄のすることを大人しく見守ろうか。キスくらいなら、してもいいか。考え方がいつもよりオープンになっているのは、やはり酔っているからだ。 「朔の匂い……」  眞玄はなんだかとてもせつない言い方をして、朔に顔を近付ける。  唇が、触れるか触れないかの距離。吐息が肌にかかる。 「……いいの? 朔、俺続けちゃうよ」  抵抗されると思っていたのか、眞玄は確認するように問う。朔はアルコールで潤んだ瞳で、ぼんやりと呟いた。 「――俺は今、酔っ払ってるんだ」 「? うん……?」 「だからぁ、……今なら眞玄のこと、好きって言えそう」  予想していなかった言葉に、眞玄が固まる。  朔自身、何を言い出してるんだとうっすら思ったのだが、中途半端にそんなこと言っても仕方ないので、酒の勢いを借りてもう一度言う。 「俺と眞玄、両思いじゃない? って、話だよな?」  以前眞玄に、唐突に肉体関係を迫られた際に言われた科白を、そのまま口にする。 「朔、……朔、駄目俺、そんな目でそんなこと、朔に言われたら、……マジ理性ぶっ飛ぶわ。可愛すぎか!!」  浴衣の眞玄に押し倒されて、朔の方も色々な感情が渦巻いているなんて、多分眞玄は気づかない。 「叫ぶなよ……うるせ」 「――興奮した。ごめん」  更に距離が近付き唇が触れて、眞玄の体重が少しかかった。 「りんご飴の、味がする」  甘い唇をなぞるように舐め、ちゅ、と柔らかくついばんだ。少しだけびくんと体が動いたが、朔は抵抗しなかった。  舌についたピアスを舐めるように、ゆっくり口の中を探っていると、やがて反応があり、その舌先が眞玄の舌を追ってきた。そんなことをされて、自分の心臓がとても早くなっているのに気づいてしまい、どうしたものかと眞玄は迷う。  お互いの呼吸が混じり合う。  理性なんてどこにもない。  キスだけ、なんて、とても無理だ。 「朔、大好き……」  浄善寺には、肉欲に走るなと忠告されていた。けれど、今の状況でそれを言われても、正直難しい。 「ね、いい? ……俺優しくするからさ、絶対」 「……な、何が? キスだけって……言ったよな」  朔の戸惑った声には、しかし別の何かが混じっている。 「そうだっけ……」 「言ったよな?」 「ごめん、ほんとごめん、確かに俺言ったよね。だけど朔、俺もう無理。限界。朔とエッチしたいよ……ほら、朔だって、ちょびっと勃ってんじゃん」  キスで燻った体を指摘され、朔は思わず目を逸らす。眞玄の手が伸びて、熱を帯び硬くなったモノに布越しに触れた。  ぞくんとした。 「朔のこと、愛しちゃってんの。だから、」 「……マジで一線とやらを超えるん……」  どうして許容しようとしているのか、朔は自分でもよくわからなかった。酔いのせいだと思いたかった。

ともだちにシェアしよう!