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第56話 向日葵とりんご飴(2)
「本日は、プラグライン単独ライブに足を運んで下さり、誠にありがとうございます。毎度お馴染み辻眞玄です。ベースの遠藤朔、ドラムスの浄善寺もいつものように揃っております。最後までお付き合いのほど、よろしくお願いいたします」
客を入れた薄暗い場内で、眞玄がまず挨拶した。馬鹿丁寧な挨拶はしかし、軽そうな声音のせいか堅苦しくは聞こえない。
「えー、知ってる人は知ってると思うけど、とりあえず今夜は一旦の締めということで、しばらくプラグラインとしての活動を休止します。……でも、解散とかじゃないんで」
ざわついている客席に向かい、眞玄は笑顔を見せる。
「――ごめん、これは俺の勝手になる。だけど絶対、また三人でやるから。それまで待ってられるって人だけでいいから、待ってて」
一旦言葉を切って、深呼吸する。
同じステージ上で、眞玄の言葉を聞いている朔は、今更ながらに心臓をぎゅっと握られるような、なんだかせつない気持ちになった。ちらりと浄善寺を見るが、表情はよくわからない。
「今日はね、うちの朔が、めでたく二十歳になりました。で、ちょっと普段とは毛色が違うけど、朔が頑張って初めて作ってくれた曲を一発目に披露したいんで……少し皆の時間を頂戴」
眞玄が言って、ステージの中央から脇に寄る。誕生日と聞いて、客席から「おめでとう」の声がぽつぽつ上がった。
(一発目とか、マジ無理)
前以て聞いていたことではあるが、ちょっと胃がキリキリした。しかし眞玄が退いてしまったので、仕方なく朔は中央に出て行く。
その手には、普段持っているベースではなく、小さなウクレレが握られていた。
以前可愛いなと思って購入した楽器だった。曲作りをしている時に、試しに何気なくウクレレで弾いてみたら、なんとなくしっくり来た。眞玄に歌わせるような曲はまだ作れないが、今の朔に出来ることをやろうと思ったら、こんなことになった。
「えー……と、あんまこういうとこで喋り慣れてないんで、眞玄みたいな気の利いたこと言えなくてごめん。とりあえず、耳を傾けてくれたら、嬉しいんで……」
ぼそっと言った朔に、好意的な拍手と、激励の声が少し。
「向日葵とりんご飴、ってタイトル、つけてみました」
どきどきしながらも、ウクレレに手をかけ弾き始めた。
とても優しい音がして、確かに普段バンドでやるような曲とはかけ離れてはいたのだろうが、これはこれで癒される曲調で、初めてにしてはなかなかの出来映えだった。
なんとなく、なつかしい気持ちになる。
「向日葵とりんご飴って、なんだろう」
浄善寺がドラムセットの奥で、傍にいた眞玄に、ぽつりと問いかける。
「んー? なんだろね。夏っぽいタイトルだけど」
眞玄は小さく笑んで、考える。
向日葵は朔のことを差しているのだろうか。そしてりんご飴は、眞玄がこだわった過去の思い出だ。触れることの出来る現在と、失ってしまった過去の思い出。そんなものか、となんとなく思った。そう考えたら、朔の作り出した優しいメロディがやけにいとしく感じられた。
「バンドでやる曲じゃないけどね」
「浄善寺は厳しいね」
「ま、たまにはいいんじゃない」
浄善寺もやがて笑って、肯定した。
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