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第57話 向日葵とりんご飴(3)

「なんだか癒されちゃったねー。朔、お疲れ」  結構客席の反応も良く、朔は弾き終わると、緊張が抜けるように表情を弛めた。にこにこと朔を見つめる眞玄に、ああ良かった、失敗しなかった、と安堵する。 「はい、じゃ次は浄善寺のドラムソロー、と言いたいところだけど、時間配分のバランス的に、バンドの曲に戻ります。……一回気持ち切り替えるよ。俺歌うからね。朔もベースに持ち変えて」  眞玄はギターを握り、一度気合いを入れるように「っしゃあ!」と短い掛け声を上げると、中央に戻った。  やはり眞玄はギターを弾きながら歌っている時が、一番楽しそうだ。  今夜が最後だなんて、寂しい。気合いの入り方がいつもと違って聴こえたのは、多分気のせいではない。  ギターを弾く指先が、歌詞を追う眞玄の声が、もっとずっとここにいたいと叫んでいるような気がして、朔はなんだか無性に泣きたくなった。  ずっと三人でいられたら良かった。  けれど現実はそれを許さない。  たとえば眞玄がソロなどに行かず、あくまでも趣味の域でバンドを続けた場合。大学を卒業したらきっとそれぞれ別の場所に就職して、現実に追われ、やがていつかはバンドをやる時間も削られてゆく。  結婚して子供が出来たら、尚のことだ。  人生を賭けてまで、好きなことに打ち込める。それがきっと、眞玄の幸せなのだろう。もしそれに自分がついてゆけるくらい、今の状態からレベルを上げることが出来たなら…… (そしたら多分、俺の人生を眞玄に差し出すことが出来る)  置いていかれるだけの存在なら、人生頂戴などとはっきりした言葉で望まれても、眞玄の足枷になるだけとわかっているのに、頷くことは出来なかった。  だから、自分のレベルを上げなければ。  眞玄の傍にいられる理由が欲しければ、そうするしかなかった。  何曲か演奏し、時間も残り少なくなってきた頃、浄善寺のソロが始まった。  気持ちの良いリズムが体を刺激する。浄善寺の叩き出す振動は、朔にしてみれば充分すぎる技術だったが、それでも足りないと言われてしまうなんて、一体どういうことなのだ。技術力だけでは駄目なのか。そんなことを考えていたら、ふと眞玄の姿が奥へ引っ込んだ。  着替えると言っていたのを、朔は思い出した。自分のリクエストだった。  やがて着替えが済んで、再度登場した眞玄は、夜の闇のような黒の着流しに角帯を締めていた。その姿に、朔はくらりとする。裏地にアクセントの紅、それがちらっと見え隠れしている。胸元と背中に辻家の家紋が小さく入って、なんだかそれもまた絶妙に良い具合だった。普段の三割増し、或いはそれ以上に魅力的な男に見えた。そして着物にはやはり、眞玄の黒髪が映える。  その手には、上弦が太棹と呼んでいた三味線が握られている。浄善寺が終わったら、眞玄の出番だった。 「今年の新年に一度ライブでも披露しました。久々に三味線アレンジやらせていただきます。……ああでも、夏祭りの動画、見てくれた人っているかな?」  見たよ、とか、かっこよかった! とか言う声が結構上がる。眞玄のタイムラインに貼ってあった上に、地元の夏祭りでのことだったので、結構認知度が高いようだ。 「うん……ありがと。えっとね、実はあの時に、俺の今後を左右するようなことが、俺の中だけで起こってたんだよね。すげえ、音楽で食ってきたい! って欲求が爆発したのって、多分あの時……」  眞玄は少し黙って、三味線の撥を軽く弦に這わせる。 「だから俺、そこから本当に色々色々考えて行動して、プラグラインは大好きだけど、一旦ソロで活動することに決めました。……だけど、マジで、待ってて欲しい。絶対三人に戻りたいから……本当に」  眞玄の言葉が詰まる。また泣き出すんじゃないかと心配になったが、手元の撥が、弦を弾いた。 「湿っぽいのなしで! んじゃ、三味線アレンジ行くよ」  べぃん、と音がして、その後弦が切れるんじゃないか、というくらいの激しい撥さばきで三味線アレンジした曲を弾き始めた眞玄を、浄善寺と一緒に聴いていた。 「やっぱ眞玄は……いちいち華があるよな。悔しいけど」  浄善寺の呟きに朔も無言で頷いて、しばらくその姿に心を奪われていた。  やはり眞玄は、太陽だ。夜の闇のような恰好をしていても、朔の上に燦然と輝く、眩しい存在だった。  けれど、泣いても笑っても、バンドのライブ活動は今夜がとりあえずの最後だった。

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