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第58話 約束(1)
区切りのライブを終えて、打ち上げでもする? と眞玄が言ったのを、浄善寺が断った。
「朔の誕生日なんだろ。邪魔してあとで眞玄に文句言われても困るから、また後日な」
冷たくも聞こえる辞退に、仕方なくというべきかなんなのか、とりあえず二人で引き上げた。
「俺んち行こうか? あのねえ、ケーキ用意してあんの」
眞玄は着流し姿のままクーペに乗り込み、助手席に朔を乗せて自宅に向かっている。朔はペットボトルのコーラに口を付けながら、眞玄を見た。
「ケーキ? なんの?」
「シフォンケーキに、生クリームとフルーツをデコったヤツ。そんなしつこくなくて、俺のオキニなんだよねー。一緒に食べようよ。……それとも、」
意味ありげに言葉を区切って、少し間を置いてから続ける。
「……先に、俺のこと食べたいのかな?」
コーラが変なところに入り、激しくむせた。
眞玄は自分で言った科白に、自分で困っているようだった。運転席でまっすぐ前を見つめ、ため息をついている。
「ああぁ……俺は何というえげつない約束をしたんだ。やっぱ想像が出来んわ」
「……眞玄。ちょっと聞くけど、それは課題クリアって意味でいいのか?」
「う……ん、そうだねえ……良かったと思うよ。癒し系で。まさかウクレレ繰り出してくるとは思わなかったし、色々びっくりした。難を言えば、浄善寺も言ってたけど、バンドのカラーではないかな、ってくらい」
「だよな……それは重々承知してるんだけど。今の俺に作れるのって、あんな感じだったんだ」
「何を思って作ったの」
「何を……?」
聞かれて朔はしばし沈黙する。
眞玄のことを考えながら作った、なんてとても口には出来なかった。
朔は自分を向日葵だなんて思っていないが、眞玄がそう言うなら、眞玄だけの向日葵でいられたら良かった。
幸せだった頃の思い出、と言っていたりんご飴。今は幸せではないのかな、と寂しくもなった。だから、少しでも眞玄が幸せを感じることが出来るよう……そういう願いを込めて作っていたら、優しいメロディが出来上がったのだ。
けれど、そんなことは絶対に言わない。
「難しいこと聞くなよ。……じゃあ普段眞玄は何かを思いながら作ってんのか?」
「そりゃそうだわ。俺が弾くのに楽しいメロディラインはやっぱあるし、こうした方が盛り上がる、とか、聴き手の立場に一度立ってみたりとか、色々考えてるよ。……ま、理屈はいいや。要は仕上がりだもんね」
「ソロの曲は、作ってんのか?」
「……それね」
眞玄は言われてから少しの間考えるように黙っていたが、やがて続けた。
「夏に東京行った時、ZIONの壱流に会う機会があって。かっこよかったよー。で、なんでか気に入られてさあ……不在だった竜司 さんの替わりにギターを弾かされたり、したんだけど……」
「ええっ!? ずりぃ! なんで今まで黙ってたん」
もし朔がその立場だったら、浮き足立って喋りまくっていたかもしれないのに、眞玄はまったくそんな話題を出さなかった。
ちなみに竜司さんというのは、壱流が「竜ちゃん」と呼んでいたギタリストのことだ。無駄に身長がある上に無口でいかついので、かなり威圧感がある深紅の髪の男だった。正直「竜ちゃん」などと軽々しく呼ぶには畏れ多い。壱流くらいではないだろうか、そんなふうに呼ぶのは。
赤と黒がZIONのイメージカラーなのか、デビュー当時から二人のヴィジュアルに変化はあまり見られない。眞玄は実のところ、竜司をギタリストとして結構尊敬していたりする。だから暗譜も出来た。
……だがそれはそれとして、不満がある。
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