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第61話 約束(4)

 ほんの二、三ヶ月前のことなのに、なんだか色々変化があったりで、随分経ってしまった気になった。  来年もこうやって過ごせたらいい。それはとてもシンプルな希望だったが、もしかしたら叶わない希望かもしれない。先のことはわからない。 「朔、なんか暗い?」 「んや、気のせい。ちょっと疲れただけ」 「そう? 俺まだ行ける。歌い足りないな……もっと、歌ってたかった」  なんだかしんみりしてしまった。朔は笑って、「いくらでも歌えるだろ」と呟いた。  三人では、ないけれど。  けれど今は仕方ない。皆で話し合って、決めたことだった。 「ケーキ、朔が切る?」 「……俺こういうの苦手なんだよな。眞玄が切って」 「六等分くらいの大きさでいい?」  眞玄は少し歪んだ六等分にケーキを切り分けて、そのうちの二つをそれぞれの皿に移した。一旦食べない残りのケーキは冷蔵庫に戻してきて、改めて仕切り直す。 「二十歳の誕生日、おめでとう。朔」 「うん……サンキュ」 「朔の字は、俺が食べてあげるー」  楽しそうに、「朔」の文字が入ったケーキを取る眞玄は、なんとなく子供っぽい。  眞玄がたまに子供じみて見えることがあるのは、ところどころ成長しきれていないのかな、と不意に感じた。図体ばかり育っても、結構可愛いところが目立つ男だ。  ちなみに朔の分のケーキの上には、「HAPPY」の字が上手く乗っていた。もしかしたら先ほど切り分けた際の歪みは、これのせいか。変な切り方をしたと思った。 「じゃ、折角なんでいただきます」  切り分けられたそれにフォークを伸ばし、口へ入れると、確かにそんなにしつこくなく、あっさりと食べられた。シフォンがふわっとしていて、けしてぱさつかない。眞玄の淹れてくれたコーヒーと良く合った。 「旨いな、これ」 「でしょ。軽い口当たりで、俺好き……あ、朔。口んとこ」  朔の口元についた生クリームを指摘し、眞玄の指がそれをすくった。拭った指をそのまま自分の口に含み、ぺろりと舐めているその姿に、朔はぞくんとする。  いつまでもそんな、朔を誘うような恰好をしている眞玄は、多分罪深い。黒の着流し姿で朔の隣に腰を降ろしていた男の手を掴み、舐めたばかりの指を、自分の口に入れた。 「……朔?」 「それ、俺のね」  最早クリームなんてついていない指を舐めながら言った朔を見て何を思ったか、眞玄から小さな笑みが漏れた。 「もしや攻めスイッチ、入った?」 「……男の子だからな」  ちょっと照れを隠すように、真顔で呟いた。眞玄はまた笑い、 「もう朔は今日で成人したから、男の子じゃなくて、男、ね。……どうぞ召し上がれ? 俺は約束は守るよ。とりあえず、今日はね」  甘い声で囁いた。いつもはこの声に翻弄され、抱かれる立場だったが、今夜は別の意味でどきどきした。ここに来るまでに眞玄は大層不本意そうにしていたが、今目の前にいる男はむしろ、積極的に誘っているようにも見えた。  なんだか血が沸騰しそうなくらい、眞玄に興奮した。

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