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第62話 吐息(1)

 ケーキも食べ掛けのまま、眞玄の帯をほどく。着物の下から現れる素肌は、いつ見ても性的な魅力に溢れていて、朔を惑わせる。 「結構、がっつくね」  その場に押し倒すように手首を掴み、はだけた胸元に顔を近付けキスを落とす。秋の空気は涼しかったが、ライブの後だからか、若干しっとりと汗ばんでいた。  眞玄がいつもつけている香水は、今は感じられない。着物を着る際には、香水はつけないというこだわりがあるのだろうか。夏祭りの時に嗅いだ白檀と同類の、和の匂いが微かに眞玄を包んでいる。 「興奮してるとこ水を差すようだけど……すぐそこに、ベッドがあるんですが。移動する?」 「……だな。わり、俺頭が真っ白……」 「ついでに照明も落としとこうね」  朔の手から逃れるように立ち上がって、眞玄はのんびりと部屋の明かりを消した。それではあまりに暗いので、ベッドの脇にある仄かに明るいライトだけをつける。薄暗くなった部屋にぼんやりと浮かぶ肌は、照明が煌々とついている状態よりも何故かいやらしく朔の目に映った。  心臓がばくばく言っていて、脳みそにまで血液が上手く行かないのだろうか。何度も体の関係は持ったのに、立場が変わるとまた別だった。頭の中は雑然としていて、ただ性欲だけが暴走している気がする。  ずっと眞玄を、そういう目で見ていた。  ただ眞玄の方が朔よりも性欲が上回っているというか、とにかく攻めの姿勢を崩さないし、課題クリアを条件とされていたから、なんとなくこれまで手を出さずにいた。別にそんなには抱きたいと思っているわけではないのかな、なんて考えも頭をよぎったりした。ただ、眞玄の体があまりにもおいしそうなので、目が欲しがっているだけなのかと。  けれど今自分の目の前に「召し上がれ」と言って艶然と佇む眞玄がいて、頭のネジがどこかに行った。  一番最初の時に眞玄が言った、「理性ぶっ飛ぶ」とはこのことを指すのだろうか。  眞玄が普段使っているベッドはセミダブルサイズで、二人でいてもそんなに狭さを感じなかった。もどかしい思いで移動して、帯を解いただけの中途半端な恰好を脱がしにかかろうとして、止まる。  このままの恰好、というのも相当そそる。  考えを見抜かれたのか、眞玄が即座に指摘した。 「……どうした? もしかして着衣エロ?」 「そういう言い方すんなって……」  裏地の紅は見える部分だけだったようで、帯を解いてみても中の生地は黒かった。そこに眞玄の薄く日焼けした筋肉質の肌が映えて、非常に艶かしい。  以前から自分はこうだったろうか?  鍛えられた男の肉体に、欲情したりすることが、果たしてあっただろうか。 (……眞玄、だからかなあ……?)  初めて眞玄の三味線を見た時の衝動。あの時に目に焼き付いた、片袖を抜いた着物のエロティシズムというものに、うっかりやられたのだろうか。

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